「生成AIが仕事を奪う」「AIの普及でマーケティングは完全に変わる」。技術を主語にした未来予測は分かりやすい反面、何が本当に変化を生むのかを考えにくくすることがあります。
技術は社会や仕事のあり方に大きな影響を与えます。しかし、技術の可能性がそのまま社会の結果になるのでしょうか。技術決定論(technological determinism)を入口に、技術の力を軽視せず、人間や制度の選択も見落とさない考え方を整理します。
技術決定論とは――技術が社会変化の方向を決めるという見方
技術決定論は、技術の変化が社会構造・文化・働き方などを強く方向づけると捉える考え方です。技術を変化の大きな原因と考える見方から、他の要因をほぼ従属させる強い見方まで幅があります。
例えば、スマートフォンが普及したことで、人々の情報収集や働き方に変化が生じたという説明には意味があります。しかし「スマートフォンが生まれれば、どの社会でも同じサービス・制度・生活様式が必ず生まれる」という主張は、利用者の選択や規制、通信環境の違いを無視しています。
技術の影響が大きいことと、技術がすべてを一方向に決めることは別です。
1974年のレイモンド・ウィリアムズ――テレビは社会を一方的に変えたのか
文化研究者Raymond Williamsは、1974年初刊の『Television: Technology and Cultural Form』で、テレビ技術と社会・文化との関係を考察しました。出版社Routledgeの書誌説明も、ウィリアムズがテレビの歴史や制度・番組を検討し、技術だけが社会変化を決定するという見方に抵抗したことを紹介しています。
テレビが新しい体験や習慣を可能にしたのは事実です。しかし、どの技術が開発され、どの事業者が普及させ、誰が何のために利用するかは、社会の側の選択にも左右されます。ある技術の「効果」だけを語ると、その技術が社会のどのような必要や制度のなかで採用されたかを見落としかねません。
この視点は、現在のAIにも応用できます。生成AIが文章作成を速くする能力と、企業がそれをどの仕事に、どの責任分界で使うかは、分けて考える必要があります。
1980年のラングドン・ウィナー――技術にも政治的な性格がある
政治思想家Langdon Winnerは、1980年の論文「Do Artifacts Have Politics?」で、人工物や技術システムが効率だけでなく、権力や権威の配分にも関係し得ることを論じました。論文は『Daedalus』第109巻第1号、121〜136ページに掲載されています。
この議論を単純化して「技術は人間と無関係で、中立な道具にすぎない」とすることはできません。システムの設定、利用権限、監視の範囲、誰に判断を委ねるかといった設計には、社会的な影響が埋め込まれる場合があります。
一方で、設計に影響があることは、特定の技術が常に一つの政治体制や社会の結末を必然的に生むという意味ではありません。どのような配置や運用が行われるか、具体的に調べる必要があります。
AIによる仕事の変化は、「能力」「導入」「制度」に分けて考える
「AIによってマーケターの仕事がなくなる」という断定を見たとき、少なくとも次の三つに分けると議論が具体的になります。
- 能力:AIは何を、どの程度正確に実行できるのか。文章案の生成、データ整理、翻訳、分析支援など、タスク単位で確かめる。
- 導入:企業がどの業務で使うと採算が合うのか。データ品質、費用、セキュリティ、社員の教育、既存システムとの連携を確認する。
- 制度:出力の責任を誰が負うか。個人情報、顧客との約束、品質基準、意思決定権限をどう設計するか。
例えば記事原稿の初稿作成が速くなっても、根拠確認、取材、社内レビュー、公開責任が消えるとは限りません。逆に、繰り返し作業が高度に自動化されれば、仕事の役割や必要人員が変わる可能性もあります。
未来の雇用を一文で断定する前に、どのタスクが変わるのか、組織が実際にどう再編するのか、制度や顧客が何を求めるのかを確認すべきです。
BtoBマーケティングでの応用:新機能より、使われる条件
AI搭載機能を発表しても、顧客の業務に適合しなければ利用は進みません。また、導入企業が増えることと、既存顧客にとっての価値が増えることも別です。後者についてはネットワーク効果の記事で区別しています。
架空のBtoB企業がAIによる問い合わせの自動応答を導入するとします。モデルの応答性能だけでなく、誰が誤回答を修正するか、顧客は人へ切り替えられるか、扱えない問い合わせは何か、といった設計で体験は変わります。
この例はウィリアムズやウィナーの実証結果を直接BtoBに当てはめたものではありません。技術だけで結果を説明しないための実務上の応用です。
技術決定論の反対側へ振り切りすぎない
技術が社会のすべてを決めるわけではないからといって、技術の物質的な制約を無視してよいわけでもありません。例えば大規模な計算資源、半導体供給、エネルギー消費、特定のソフトウェア仕様は、人間の選択に対して現実の制約を与えます。
「結局すべては使い方次第」と言うだけでは、どの選択肢が実際に可能なのか、誰に費用を負担させるのかを説明できません。技術と制度を行き来して考えることが重要です。
AI時代の意思決定に使う五つの問い
- その予測は、どの技術のどの能力が変化すると言っているのか。
- 技術が可能にすることと、実際に普及することを区別しているか。
- 普及を後押し・制限する費用、法律、慣行、利害、利用者の選択は何か。
- 導入によって利益を得る人と、負担やリスクを負う人は同じか。
- 結果が望ましくない場合、誰が、どの段階で、どの設定や運用を変更できるか。
技術のニュースを読んだときにこの問いを置けば、楽観論と悲観論のどちらにも流されず、具体的な選択肢を検討しやすくなります。
まとめ――技術は未来を制約するが、結果は技術だけでは決まらない
技術決定論は、技術が社会へ大きな影響を与える事実を考える出発点になります。ウィリアムズの議論は技術と社会の相互関係を、ウィナーの議論は技術の設計に潜む権力関係を考える手掛かりを与えます。
AI時代の仕事を考えるなら、「何ができるようになったか」だけでなく、「誰が選び、どの条件で使い、何を変えられるか」を問う必要があります。技術の変化を否定せず、未来を完全に既定路線としても扱わない。その姿勢が、変化に向き合う出発点になるはずです。
参考資料・出典
- Raymond Williams, Television: Technology and Cultural Form (1974; 後年版の出版社書誌):テレビと社会・文化の関係、技術決定論への批判についての出版社説明。
- Langdon Winner (1980), “Do Artifacts Have Politics?,” Daedalus 109(1), 121–136:技術システムと権力・権威の関係を論じた原論文。JSTORで書誌・公開本文を確認。
- 当サイト「BtoBマーケティング」:AIやGTMの応用を考えるための関連領域。この記事の実務例は上記研究の直接的な実証結果ではありません。