はじめに
「人間の幸福は、自由の中に存在するのではなく、義務の甘受の中に存在する」。この言葉は、サン=テグジュペリ名義で紹介されることがあります。
しかし原典を確認すると、書いたのはアンドレ・ジッドです。
ジッドがサン=テグジュペリの『Vol de nuit(夜間飛行)』へ寄せた序文の中に、この文章があります。著者の本に載っているため、後に本の著者本人の名言へ移ったと考えられる典型的な誤帰属です。
『夜間飛行』の本文ではなく、ジッドの序文
フランス語は “Le bonheur de l’homme n’est pas dans la liberté, mais dans l’acceptation d’un devoir.”。
アンドレ・ジッド研究資料でも、『夜間飛行』序文のジッドの文章として明確に整理されています。
つまり、「サン=テグジュペリの本にある」ことは正しくても、「サン=テグジュペリが書いた」ことは正しくありません。
なぜサン=テグジュペリらしく見えるのか
『夜間飛行』は、危険な飛行任務を引き受ける人々と、組織、責任、使命を描く作品です。
サン=テグジュペリ自身の作品にも、責任や共同体、仕事をめぐる文章が多くあります。そのため、ジッドが作品を評価して書いた文章は、内容的にもサン=テグジュペリらしく見えます。
しかし思想が作品と調和していることと、作者がその文章を書いたことは別です。
「義務」は外からの命令だけではない
ジッド研究では、この「義務」を単純な服従と読むことへの注意も示されています。
外から押しつけられた規則へ従うだけでなく、自分が価値を認めて引き受けた責任や関与として読む余地があります。
自由と義務を単純な反対語にするより、自分が何に責任を持つかを選び、その責任を引き受ける自由という問題として考える方が豊かです。
まとめ
「幸福は自由ではなく、義務の受容にある」は、サン=テグジュペリ本人の名言ではありません。
アンドレ・ジッドが『夜間飛行』へ寄せた序文に書いた文章です。著者の本の前書きにある他人の文章が、著者本人の名言へ変わった例といえます。
このサイトでは現在、サン=テグジュペリへの誤帰属、アンドレ・ジッドの文章として扱います。
出典メモ:André Gide, préface à Antoine de Saint-Exupéry, Vol de nuit, 1931.
サン=テグジュペリの人物ページへ → 『夜間飛行』の作品と、序文を書いたアンドレ・ジッドの文章を区別して読めます。