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大久保利通「しがらみを振り切って前へ」|童門冬二の描写と明治六年の政変を分けて読む

はじめに

「目的を達成するためには、人間同士のうじうじした関係に沈み込んでいては物事は進まない」。大久保利通の名言として流通するこの一節は、大きな仕事を進めるときに感情と目的をどう扱うかを考えさせる。

ただし、名言紹介サイトが大久保の言葉として掲載していることと、大久保自身が一字一句そのように記したことは別である。この文章は、後世の作家・童門冬二による歴史人物の対比の中にも登場する。史料としての位置づけを確かめずに、「大久保の肉声」と断定するのは適切ではない。

本記事では、流通する文言と後世の歴史読み物を確認し、実際の大久保の政治判断は国立国会図書館の資料で別に確かめる。歴史人物を便利な成功論の代弁者にしないことから始めたい。

名言の掲載先と出典確認の限界

予備校の東進や2018年の『YOLO』は、大久保利通の言葉としてこの文章を掲載している。だが、どちらも当時の日記や書簡の版・頁を示していない。掲載例が複数あるという事実だけでは、幕末・明治期の原文に遡れない。

PHP研究所の『WEB歴史街道』には、童門冬二による西郷隆盛と大久保利通の比較が掲載されている。そこで大久保が西郷に対し、人間関係に沈み込まず目的のために進むべきだと答える形の文章がある。記事は童門の著書『西郷隆盛 人を魅きつける力』からの抜粋編集と明記されている。話者と台詞の構成を持った後世の著述だ。

その文章が大久保の実際の発話を史料から再録したのか、作者が人物像を分かりやすく表したものなのかは、引用元の記事だけでは決着しない。今回『大久保利通日記』『大久保利通文書』で当該文を直接照合できなかったため「要検証」とする。誤帰属と断定するにも、さらに根拠が必要だ。

史実で確認できる大久保と西郷の対立

国立国会図書館の展示資料によれば、1873年には西郷隆盛の朝鮮派遣をめぐり、使節団帰国組の大久保・木戸孝允らと留守政府の間に対立が起きた。いわゆる明治六年の政変である。大久保が国家の方針をめぐる深刻な政治対立に関わったことは史料で確かめられる。

同館は、1873年10月17日に大久保が太政大臣・三条実美へ提出した参議辞任の趣意書を紹介している。西郷の派遣が内定したことに反対した大久保は、辞表とともに理由を表明した。その後、10月24日に派遣の無期延期が決まった。政治の決断には当時の制度と複数の人物の行動が関わった。

しかし、実際に対立した事実があるからといって、童門の文章にある会話を歴史上のその場の発話として証明できるわけではない。政治的な対立が起きたことと、対立の最中に何を言ったかは別々の検証事項である。

「情」と「理」を分けるだけでは不十分

大久保を目的に厳格な人、西郷を人情に厚い人として対比すると、話は理解しやすい。ただし、二人の判断には外交、国内統治、政府の権限、周囲の協力者など、複数の論点があった。複雑な政治過程を「感情か合理性か」の一軸に縮めないことが必要だ。

また、「うじうじした関係を振り切る」という表現を、異論を言う人を切り捨てればよいという指示に変えてはいけない。権限を持つ人物の決断には、決定に影響される人への責任もある。目的達成の速度と、公平さや説明責任を別に点検する姿勢が大切だ。

大久保の行動は、改革を断行した側の功績だけでなく、反発や犠牲を伴った明治政府の政策として評価される。成功の結果を知った後に、その過程のあらゆる行動を正しかったと見なさないことが、歴史から学ぶ条件になる。

現代の組織で考える目的と関係

チームで仕事をする際、意見の違いに気を遣って決めるべきことを先延ばしにする場合はある。そのときは、まず何のために決めるのか、代替案は何かを言葉にしてみる。人間関係を大切にすることと、判断を曖昧にし続けることは同じではない。

一方、相手の反対が単なる感情ではなく、計画の危険を示す貴重な情報である可能性もある。目的に賛成していても手段に異議がある人はいる。意思決定を速くするために異論を黙らせれば、かえって失敗を見落とすことがある。

必要なのは、対話を続ける期限を決め、判断の根拠を公開し、決定後も修正できる仕組みを持つことだ。優柔不断を避けることと、反省や再検討を放棄することは別だと理解したい。

まとめ・出典の確認状況

大久保利通の言葉として流通する「人間関係を振り切って前へ」は、童門冬二の歴史読み物の対話的な記述にも見られる。大久保本人の手紙や日記で同じ文を確認したわけではないため、歴史上の逐語的な発言として断定せず「要検証」とした。

一方、1873年の政変と大久保の辞任趣意書については、国立国会図書館の展示で史料の所在が確認できる。後世の言葉を考えることと、検証可能な史実を知ることを両立させる記事にした。

流通する引用:東進「大久保利通の名言」/YOLO(2018年)。後世の著述:WEB歴史街道「西郷隆盛と大久保利通、それぞれのリーダーシップ」/PHP研究所『西郷隆盛 人を魅きつける力』。史料の解説:国立国会図書館「大久保利通書簡」/同「大久保利通の政体意見」。関連記事:廃藩置県をめぐる大久保の決断/出典確認状態の読み方。

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