「世界には富士山より高い山はあるけれど、富士山より美しい山はないと俺は思っている。サッカーでもそうありたいよね」。川口能活に帰属するこの一節は、何よりも結果だけで競技の価値を測るべきだという見方とは違う、自分たちのサッカーならではの美しさを目指す希望として読むことができます。ただし、発言の最初の掲載誌や取材日まで特定できてはいません。
引用の伝播は確認できるが、初出は未特定
少なくとも2014年7月には、富士山に関する名言を集めたブログで、この文章が川口能活の言葉として掲載されています。2015年の名古屋大学水泳部のブログにも、後半の「日本のサッカーが独自の美しさを持つようになりたい」という趣旨まで含めた引用があります。
しかし、これらは発言を再録したものであり、雑誌やテレビ番組で川口がいつ語ったのかを証明する一次資料ではありません。初出を特定できない状態で、特定の試合の直後の発言だったと物語化したり、インタビューの質問を創作したりすることはできません。
実際の本人取材で確かめられる富士山との関係
2017年11月8日の日刊スポーツの本人インタビューでは、川口が故郷の静岡県富士市と富士山への思いを詳しく語っています。自宅から見えた富士山、子どものころの練習中に見守られてきた風景、遠征先からも富士山の方角を思い出す感覚が語られています。
2017年9月の「Face to Face」インタビューでも、富士山が原点や初心を思い出させる存在だったと説明しています。こうした本人取材は、富士山が川口にとって特別だったことを示しますが、今回の名言の正確な逐語的出典にはなりません。
「高い」と「美しい」は何が違うか
山の標高は測定できる数値です。一方、美しいと感じるかどうかは、形、景色、文化的な記憶、個人的な経験などによって変わります。富士山の高さは世界一ではありませんが、それゆえ価値が少ないというわけではありません。
同じように、サッカーの試合には得点や勝利という客観的な結果があります。それとは別に、仲間との連係、プレーへの工夫、見ている人が感じる魅力など、勝敗だけで表せない評価の軸もあります。引用の後半は、単に「強くなる」だけでなく、ほかでは見られない日本サッカーを作りたいという目標を表していると読めます。
「美しければ勝たなくてもよい」のか
競技スポーツで勝利を目指すことと、美しいプレーを追求することは必ずしも対立しません。チームが結果のために守備を重視する日もあれば、攻撃の連係が観客の記憶に残る日もあります。美しさを測る尺度も観客によって違うでしょう。
そのため、川口が勝敗を軽視していたと断定するべきではありません。JFAのアジアカップ史では、2004年大会のヨルダン戦で川口のPKセーブが勝利に貢献したことを確認できます。競争で結果を追い求める選手でもありました。
2017年の本人が語ったサッカーへの出会い
日刊スポーツの同じインタビューによると、川口は小学生のとき、野球の方が盛んな地域でサッカーを始めました。他の球技や走ることは得意だった一方、サッカーはすぐに思いどおりにならず、練習を重ねるうちにできることが増えていったと振り返っています。
こうした経験も、結果だけではない競技の面白さを考える手掛かりになります。ただし川口がこの原体験を直接「富士山より美しい」という発言の根拠にしたかは、元の出典が未特定のため判断できません。
数値と独自性を同時に大切にする
仕事や活動にも、売上や順位のような数値指標と、そこに関わる人にしか分からない価値があります。測定できるものを軽視する必要はありませんが、測定しやすいことだけを大切にすると、活動の意義が狭くなる場合があります。
これは当サイトによる応用上の考察です。川口が企業の業績管理や教育制度に対して今回の発言を行ったという意味ではありません。
出典と確認範囲
出典状態:要検証。川口能活名義の文章が2014年・2015年に流通していたことは確認しましたが、原掲載の媒体・日時・取材記録は特定できていません。本人が富士山を故郷の象徴として語った事実は2017年の複数の本人インタビューで確認しましたが、名言の逐語一致とは別の根拠です。
資料:2014年の富士山語録(二次掲載) / 名古屋大学水泳部2015年の再引用 / 日刊スポーツ2017年の本人取材 / Face to Face本人取材。関連記事:代表争いと自分のサッカー。
