この言葉は『親和力』の「オッティーリエの日記」にある
「人は、何を可笑しいと思うかによって、その性格を最もよく表す」。この趣旨の言葉は、ゲーテの小説『Die Wahlverwandtschaften(親和力)』第二部第四章、「Aus Ottiliens Tagebuche(オッティーリエの日記から)」に確認できます。
Durch nichts bezeichnen die Menschen mehr ihren Charakter als durch das, was sie lächerlich finden.
直訳に近づければ、「人間は、自分が何を滑稽だと思うかによってほど、自らの性格を示すことはない」という意味です。
「何を笑うか」は、なぜ性格を示すのか
笑いは、単なる反射ではありません。ある失敗を微笑ましいと思う人もいれば、見下して笑う人もいます。同じ出来事でも、何をおかしいと感じるかは、その人が何を普通と考え、何を逸脱と見るかによって変わります。
その意味で「何を笑うか」には、価値判断が表れます。ゲーテの言葉は、笑いを禁止するのではなく、自分の笑いが自分自身について何を語っているかに目を向けさせます。
直後にも「滑稽さ」についての箴言が続く
この一文だけを切り取るより、周囲を読むと意味が見えやすくなります。直後には「滑稽なものは、道徳的な対照から生じる」という趣旨の文章があり、さらに「感覚的な人は、笑うものがないところでもしばしば笑う」「分別のある者はほとんどすべてを滑稽と思い、理性的な者はほとんど何も滑稽と思わない」と続きます。
つまり、この箇所では「笑い」が一度きりの話題として出てくるのではなく、人が物事をどう評価し、そこに何を見るかという一連の省察として扱われています。
笑いには、対象だけでなく笑う側も映る
誰かの失敗、弱さ、服装、考え方を笑うとき、注目されるのは普通「笑われている対象」です。しかしこの言葉は視線を逆向きにします。
なぜそれを可笑しいと思ったのか。どんな基準から外れたから笑ったのか。その基準は妥当なのか。笑いを、自分の価値観を観察する手掛かりとして使うことができます。
もちろん、すべての笑いが人格診断になるわけではない
一度笑っただけで人間の性格を断定するのは行き過ぎでしょう。言葉遊びや不意の出来事に反射的に笑うこともあります。
この箴言を厳密な心理法則としてではなく、「自分が繰り返し何を笑いの対象にしているかを見れば、価値観の一部が見えるかもしれない」という観察として読む方が自然です。
まとめ
「人は、何を可笑しいと思うかで性格を示す」に対応する原文は、ゲーテの『親和力』第二部第四章「オッティーリエの日記から」に確認できます。
この言葉のおもしろさは、笑われる側ではなく、笑っている側の価値観へ視線を戻すところにあります。何に笑うかを観察することは、自分が何を当然と考え、何を外れたものと判断しているのかを知る一つの手掛かりになります。
出典メモ:Johann Wolfgang von Goethe, Die Wahlverwandtschaften, Zweiter Teil, Viertes Kapitel, “Aus Ottiliens Tagebuche” (1809). Projekt Gutenberg-DE本文で原文を確認できます。