これは「社会で成功する処世術」ではない
「世間を欺くには、世間と同じ顔色をなさらなくては」として知られる言葉は、『マクベス』第1幕第5場のマクベス夫人の台詞に対応します。
To beguile the time,
Look like the time.
この部分だけなら「時勢に合わせて振る舞え」という処世術にも見えます。しかし、直後には有名な「無垢な花のように見せ、その下の蛇であれ」という比喩が続きます。
背景はダンカン王殺害の企て
マクベス夫人は、夫から魔女の予言について知らせを受け、王位を得るための行動を決意します。そこへダンカン王がマクベスの城へやって来ることになります。
彼女はマクベスの表情に野心や企みが出てしまうことを心配し、歓迎する主人らしい顔を見せるよう指示します。つまり、この台詞は交渉術や適応力を教えるものではなく、殺害計画を悟られないための偽装について語られています。
「見た目」と「内実」の分裂
この場面の重要なテーマは、外から見える姿と内側に隠された意図のずれです。客人を歓迎する表情の下に、殺意が隠されています。
『マクベス』では、冒頭の魔女たちの「Fair is foul, and foul is fair」に始まり、見かけと実態が一致しない状況が繰り返されます。この台詞もその大きな流れの中に置かれています。
名言化すると危険なほど意味が変わる
旧記事では「社会で成功するためには柔軟に相手へ合わせることが重要」と説明していました。しかし、それでは犯罪の企てを隠す台詞が、ビジネスの成功法則へ変わってしまいます。
文学作品の言葉は、作者本人の推奨事項とは限りません。悪事を企てる人物にも印象的な台詞を語らせることができる。その区別こそ、名言を作品へ戻して読む意味があります。
まとめ
「世間を欺くには、世間と同じ顔色を」は、『マクベス』第1幕第5場でマクベス夫人が夫へ語る台詞です。
背景にあるのは社会適応ではなく、ダンカン王殺害の企てを隠すための偽装です。「無垢な花のように見せ、その下の蛇であれ」という続きまで読むと、その意味は明白になります。
出典メモ:William Shakespeare, Macbeth, Act 1, Scene 5. Speaker: Lady Macbeth. “To beguile the time, / Look like the time … look like th’ innocent flower, / But be the serpent under ’t.”