「これが最悪と言える間は最悪ではない」は『リア王』のエドガー
「『これがどん底』などと言える間は、本当のどん底なのではない」として知られる言葉は、『リア王』第4幕第1場のエドガーの台詞に対応します。
The worst is not
So long as we can say “This is the worst.”
この一節だけなら、「どん底だと思ってもまだ希望がある」という励ましにも見えます。しかし、場面はもっと暗く、しかも直後にエドガー自身の認識が覆されます。
エドガーはすでに「最悪の境遇」だと思っている
父グロスターから追われたエドガーは、身を守るため「貧しいトム」に変装して生きています。第4幕第1場の冒頭で彼は、運命の最も低い場所にいる者は、これ以上落ちることを恐れずに済むという趣旨を独白します。
そこで「最悪と言える間は、まだ最悪ではない」と語ります。ところがその直後、目を潰された父グロスターが老人に導かれて現れます。エドガーは、自分が想像していた「最悪」よりさらに悲惨な現実を目の前にするのです。
「言葉にできるならまだ大丈夫」という心理学ではない
旧記事では、「どん底と言葉にできるうちは自己認識があり、回復する力が残っている」と説明していました。しかし原文は、そのような心理状態の診断をしているわけではありません。
むしろエドガーが「これ以上悪くならない」と考えた瞬間に、もっと悪い出来事が現れる。その劇的な皮肉が重要です。『リア王』は、人間が苦しみの底を簡単には測れない世界を描いています。
それでも「esperance」という希望の語はある
同じ独白でエドガーは、運命の最も低い場所にいる者は esperance、つまり希望・期待の中に立ち、恐怖の中には生きないとも語ります。高い位置にいる者には転落がありますが、最低地点からは変化が上向きになる可能性がある、という発想です。
ただし作品はその考えをすぐ試します。だからこそ、この一節は単純な「前向きになれば大丈夫」という標語より、人が苦境をどう測るのかを問う言葉として読む方が深くなります。
まとめ
“The worst is not / So long as we can say ‘This is the worst.’” は『リア王』第4幕第1場、エドガーの台詞です。
「どん底と言えるなら希望がある」という励ましだけではありません。エドガーが自分を最悪の地点にいると思った直後、失明した父が現れるという構成まで含めて読むと、人間には「最悪」を簡単に決められないという劇的な皮肉が見えてきます。
出典メモ:William Shakespeare, King Lear, Act 4, Scene 1. Speaker: Edgar. “The worst is not / So long as we can say ‘This is the worst.’”