はじめに
「なんであれ、人は忘れることができる。ただ自分自身、己自身の存在を忘れることはできない。」この言葉には、ショーペンハウアーのドイツ語原文として対応する文章があります。
原文は “Alles, alles kann einer vergessen, nur nicht sich selbst, sein eigenes Wesen.”。出典は1851年の『Parerga und Paralipomena(余録と補遺)』第1巻所収「Aphorismen zur Lebensweisheit(人生の知恵のためのアフォリズム)」第5章「Paränesen und Maximen(勧告と箴言)」、C「他人に対する私たちの態度」第29項です。ドイツ語刊本を転写したProject Gutenberg本文で、前後の段落まで確認できます。ここでの Wesen は、単に意識があるという意味の「存在」ではなく、「本質」「性質」を含む語です。
原典では「性格」の議論に置かれている
この一文は、彼が交友関係で不愉快な経験をしたとき、相手が次も同じことを繰り返す可能性を考えるべきだと説く段落の中にあります。その直後、彼は「性格は根本からは矯正できない」という強い決定論的な自説を述べ、自由意志についての自著を参照させます。第5章C・第29項の原文。単に「自己意識だけは失われない」という抽象的な存在論ではなく、過去の行動・性格・対人関係の問題です。
流通する日本語との違い
「己自身の存在」と訳すと、SNS時代のアイデンティティや自己認識の話へ展開したくなります。しかし、それは原典からかなり離れます。
ショーペンハウアーがここで問題にしているのは、人間の性格や本質の持続性です。友人との関係を例に、以前と同じ条件なら同じ行動が繰り返される可能性を論じています。ただし「人間の性格は絶対に変わらない」はショーペンハウアーの哲学的立場であり、現代の心理学がすべての人に対して不変性を証明したという意味ではありません。彼の悲観的な対人観を、読者が人間関係を機械的に断つための命令として受け取る必要もありません。
まとめ
この言葉はショーペンハウアーの真正な文章です。ただし、より正確には「人は何もかも忘れられる。ただ自分自身、自分自身の本質だけは忘れられない」と読むべき言葉です。
短い名言だけを見ると自己認識の話に見えますが、原典へ戻ると「人間の性格はどこまで変わるのか」という、まったく別の問いが見えてきます。
出典状態:著作のドイツ語原文を確認済み/流通日本語は意訳。 Arthur Schopenhauer, Parerga und Paralipomena(1851), I, Aphorismen zur Lebensweisheit, Kap. V, Abschnitt C, Nr. 29。1913年版に基づく電子本文。1851年初版本と手稿の直接校合は未実施です。
ショーペンハウアーの人間観を読み広げる: ショーペンハウアーの人物・作品ガイドでは、読書論や幸福論、性格をめぐる考えを比較できます。この言葉は『余録と補遺』の『処世術箴言』第5章C・第29項で、性格や他者との付き合い方を論じた箇所です。「自己意識を失わない」というだけの格言には読み替えず、本文の原典と訳語の注意を併せて確認してください。