はじめに
「誤りとは欠陥にすぎない」。この言葉には、デカルト『省察』第4省察や『哲学原理』に対応する真正な議論があります。
ただし「失敗は成長の機会だから恐れなくてよい」という自己啓発的な意味ではありません。デカルトが解こうとしているのは、完全な神が人間を創ったのなら、なぜ人間は誤るのかという形而上学上の問題です。
誤りは「何か」なのか
デカルトは、誤りを神によって積極的に与えられた実体や能力とは考えません。誤りそのものは実在的な何かではなく、欠如・欠陥として捉えます。
人間の認識能力は有限です。しかし意志は、理解できている範囲を越えて肯定や否定を行うことができる。そこで判断を急ぐと誤りが生じます。
「欠陥」は成長論ではない
現代語で「欠陥」と聞くと、修正すれば成長できる弱点を想像しがちです。しかしここでの問題は、学習法や失敗への心構えではありません。
誤りを神が作った積極的存在とせず、人間が有限な理解を越えて判断するときに生じる欠如として説明することが目的です。
まとめ
「誤りとは欠陥にすぎない」はデカルト哲学に根を持つ言葉です。しかし意味は「失敗を恐れず挑戦しよう」ではありません。
有限な理解と、それを越えて判断できる意志とのずれから、誤りはどう生じるのか。この一節は、デカルトの認識論と神の完全性をめぐる議論の中で読む必要があります。