トルストイ「芸術とは感情を他者へ伝える人間の活動」|『What Is Art?』第5章の定義

はじめに

「芸術とは、人が己に起こった最高の、また最善の感情を他者に伝えることを目的とする人間の活動である」。日本語ではこのような形でトルストイの芸術論が紹介されることがあります。

『What Is Art?』第5章には、その核となる真正な定義があります。トルストイは芸術を、一人の人間が外的な記号によって、自分が経験した感情を他者へ伝え、他者もその感情を経験する活動だと定義しました。

ただし注意したいのは、原典の定義そのものには「最高の、最善の感情だけ」という限定はないことです。トルストイは直前で、喜び、悲しみ、絶望、勇気、官能、愛国心など、善悪を問わず多様な感情が芸術になり得ると説明しています。

芸術の条件は「感情が感染すること」

第5章でトルストイが出発点にするのは、人間には他人の感情を受け取り、自分も似た感情を経験する能力があるという事実です。

誰かが笑えばこちらも楽しくなり、泣く姿を見れば悲しくなる。ただし、その場で自然にあくびや涙が伝染するだけでは芸術ではありません。

一度経験した感情を呼び起こし、動作、線、色、音、言葉などの形にして、意識的に他者へ伝える。そこで受け手も同じ感情を経験するとき、芸術が成立すると考えました。

「最高の感情」だけが芸術なのではない

ここは流通する日本語表現から誤解しやすいところです。

トルストイはこの章で、強い感情でも弱い感情でも、重要でも些細でも、善くても悪くても、受け手へ伝われば芸術だと述べます。恋人の歓喜、官能、勇気、陽気さ、静けさ、ユーモアなども例に挙げています。

つまり「最高・最善の感情を伝えるものだけが芸術」というのは、彼の芸術の定義そのものとしては狭すぎます。

その後トルストイは「どんな芸術が良い芸術なのか」という価値判断へ進みますが、「芸術であるか」と「良い芸術であるか」は別問題です。

美しさや快楽ではなく、人間を結びつけるもの

この定義によってトルストイは、芸術を「美しい物を作ること」や「快楽を与えること」から切り離します。

彼にとって重要なのは、作者の内側にあった経験が他者へ渡ることです。そのため芸術を、人間同士を同じ感情の中で結びつける「結合の手段」と呼びます。

言葉が思想を伝えるように、芸術は感情を伝える。この比較を使うと、彼の芸術観は理解しやすくなります。

まとめ

『What Is Art?』第5章でトルストイは、芸術を「経験した感情を外的な記号によって他者へ伝え、他者もその感情を経験する活動」と定義しています。

一方、日本語で流通する「最高の、最善の感情を伝える」という表現は、その定義に価値判断を混ぜた形になっています。原典では悪い感情や些細な感情であっても、伝達されれば芸術になり得ます。

芸術とは何かという定義と、どの芸術が善いのかという評価を分ける。この区別を押さえることで、トルストイの芸術論は「美しい感情を伝えよう」という標語よりずっと精密に見えてきます。

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