はじめに
「人間の虚栄を十分に知りたければ、恋愛の原因と結果を考えればよい」。パスカル『パンセ』に確認できる言葉です。
旧来の解説では「恋愛には喜びと苦しみがあり、そこに人生の虚しさが見える」という話になりがちですが、原典はもっと具体的です。この一節は、あの有名な「クレオパトラの鼻」へ直接つながっています。
恋愛の原因は「何だか分からない小さなもの」
パスカルは、人間の虚栄を知るには恋愛の原因と結果を見ればよいと書き、原因は「je ne sais quoi(何だか分からないもの)」であり、結果は恐るべきものだと続けます。
認識することさえ難しいほど小さな何かが、地上全体、君主、軍隊、世界を動かしてしまう。そしてその例として「クレオパトラの鼻がもう少し短ければ、地上の様相は変わっていただろう」と続きます。
恋愛の「むなしさ」は失恋のことではない
ここでの vanité は、恋が終わって虚しいという心理状態だけを指しているのではありません。人間が巨大な歴史や政治を動かしているように見えて、その原因をたどると、容貌や魅力のような偶然的で小さなものに左右されている。
人間が自分で考えるほど、人間の行動や歴史は合理的で壮大な原因だけからできてはいない。その不釣り合いをパスカルは「恋愛の原因と結果」で示しています。
「クレオパトラの鼻」と別々の名言ではない
このサイトには「クレオパトラの鼻」の記事もありますが、原典では両者は同じ断片の中にあります。
前半が問題設定で、後半のクレオパトラが具体例です。二つをつなげて読むことで、「小さな原因が大きな結果を生む」というだけでなく、なぜパスカルがそのことを人間の vanité と呼んだのかが見えてきます。
まとめ
「人間の虚栄を知るなら、恋愛の原因と結果を見よ」は真正な『パンセ』の一節です。
ただし、その意味は「恋愛は喜びと苦しみをもたらす」という一般論ではありません。ほとんど捉えられない小さな魅力が、君主や軍隊や世界史まで動かしてしまう。その原因と結果の巨大な落差を通じて、パスカルは人間の虚栄と歴史の偶然性を見ています。