ヘミングウェイ『誰がために鐘は鳴る』「一人がいるところには二人ともいる」|ジョーダンとマリアの別れ

はじめに

「二人のうちどちらかがいるところには、いつも二人ともいるんだよ。」という言葉には、ヘミングウェイの『For Whom the Bell Tolls(誰がために鐘は鳴る)』という明確な出典があります。

旧記事では『老人と海』の老人と少年の友情を背景としていましたが、これは誤りです。

実際の場面は、スペイン内戦の中でロバート・ジョーダンがマリアを逃がそうとする、物語終盤の別れです。

ロバート・ジョーダンは、自分が残ることを知っている

ジョーダンは負傷し、仲間と一緒に逃げることができません。マリアは彼のそばに残ろうとしますが、ジョーダンは彼女を行かせなければならないと考えます。

そこで「自分は君と一緒に行く」「一人がいるかぎり、そこには二人ともいる」「どちらか一人がいれば、それは二人だ」と繰り返し伝えます。

これは遠距離友情の美しい格言というより、死の可能性が高い別れの中で、相手に自分を連れて行かせるための言葉です。

「二人は一つ」という愛の言葉

ジョーダンとマリアの関係では、二人が一体であるという表現が物語の中で繰り返されます。

最後の場面でその考えは、恋愛の幸福を表すだけでなく、別離を可能にする言葉へ変わります。マリアが去ることは、ジョーダンを捨てることではない。彼女が生きて行けば、彼も一緒に行くのだと説得します。

『老人と海』へ結びつけない

『老人と海』にもサンチャゴと少年マノリンの強い関係があります。しかし、この特定の一句はそこにはありません。

「友情」「絆」というテーマが似ているからといって、別作品の人物を背景にすると、引用の場面が完全に変わります。

原典へ戻すと、この言葉は友情より、戦争の中の愛、犠牲、生き残る者へ託すことと結びつきます。

まとめ

「一人がいるところには二人ともいる」という趣旨の言葉は、『誰がために鐘は鳴る』終盤のロバート・ジョーダンの台詞です。

『老人と海』の友情の言葉ではなく、自分が残って死ぬ可能性を知るジョーダンが、マリアを逃がすために語る別れの言葉です。

出典メモ:Ernest Hemingway, For Whom the Bell Tolls, 終盤。“As long as there is one of us there is both of us.” / “Whichever one there is, is both.”

ヘミングウェイを人物から読む

アーネスト・ヘミングウェイ人物ページでは、作品タイトルの引用元、小説の語り手・登場人物の台詞、本人の文体と伝記、出典未確認の流通句を区別しながら横断して読めます。

出典・確認範囲:University of North Texas Digital Library所蔵の学位論文『Dominant Themes in the Novels of Ernest Hemingway』の63頁には、ヘミングウェイ『For Whom the Bell Tolls』終盤のジョーダンとマリアの対話が引用され、参照する版の小説463頁が示されています。これにより作品・話者・場面を支持する二次資料は確認できましたが、原著の該当頁を直接照合したわけではありません。流通する日本語は要約的な訳として扱い、原著版面・訳文の厳密な照合は引き続き要検証です。

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