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「英雄とは自己を集中する人間」はボードレールの名言?|原典はエマーソンだった

はじめに

「英雄とは終始一貫して自己を集中する人間である」。日本ではボードレールの名言として紹介されることがあります。

しかし原典を確認すると、これはボードレール自身が生み出した言葉ではありません。

ボードレールは画家ドラクロワを論じた文章の中で、英語の “The hero is he who is immovably centred.” を引用し、直後に「海の向こうの道徳家エマーソンが言う」と作者名まで明記しています。そのうえでフランス語に訳しているのです。

『ウジェーヌ・ドラクロワの作品と生涯』にある文章

ボードレールはドラクロワの文章の特徴として、簡潔さと、精神のすべての力を一つの点へ集める集中力を挙げます。

その説明のために持ち出すのが、アメリカの思想家ラルフ・ウォルドー・エマーソンです。

「英雄とは動かず中心に定まっている者」というエマーソンの言葉を英語で示し、それをフランス語で「英雄とは不動に集中している者」と訳します。そして、この人生や仕事についての格言は、詩や芸術にも適用できると論じます。

なぜボードレールの名言になったのか

誤帰属が起きた理由は、原典を見ると理解しやすいものです。

この言葉は確かにボードレールの文章の中にあります。しかも彼自身がフランス語へ訳し、ドラクロワを説明する重要な概念として積極的に使っています。

引用部分だけを抜き出し、前後にある「エマーソンが言う」という説明が落ちれば、ボードレール本人の言葉に見えてしまいます。

「その人の本に書いてある」と「その人が最初に言った」は別だという、名言の伝播で非常に分かりやすい例です。

ボードレールはただ引用しただけなのか

だからといって、この言葉とボードレールが無関係になるわけではありません。

彼はエマーソンの格言を、ドラクロワの芸術家としての集中力を説明するために選び、自分なりに芸術の領域へ拡張しています。

さらに「文学の英雄、つまり真の作家とは、不動に集中している者だ」と言い換えます。引用を自分の芸術論へ組み込んでいるのです。

したがって、起源はエマーソン、受容と応用はボードレール、と分けるのが最も正確です。

「集中」が意味していたもの

ここでの集中は、スマートフォンを見ずに一時間作業するといった現代的な集中術より広い概念です。

精神の力を一つの目的へ集め、散逸させない。ボードレールはそれをドラクロワの簡潔で強度のある文章、さらに芸術家としての仕事ぶりと結びつけます。

英雄とは派手な行動をする人物ではなく、自分の中心を失わず、力を一点へ向け続けられる人物だというイメージです。

まとめ

「英雄とは終始一貫して自己を集中する人間である」は、ボードレールの文章に登場しますが、元の言葉はラルフ・ウォルドー・エマーソンです。

ボードレール自身が評論の中でエマーソンの名前を明記し、英語の原文を引用したうえでフランス語へ訳しています。

ただし彼はその言葉をドラクロワの芸術論へ取り込み、「真の作家」へも応用しました。名言の歴史として見るなら、これは単なる誤りではなく、エマーソンの思想がボードレールを経由して別の文化圏へ渡り、その途中で作者名まで移動した例として非常に興味深い一文です。

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