はじめに
「人は自分の慣習でないものを野蛮と呼ぶ」。モンテーニュ『エセー』の「食人種について」に確認できる有名な一節です。
現代では「異文化を尊重しよう」という標語として使いやすい言葉ですが、原典ではもう一段鋭い議論になっています。モンテーニュは、他文化を評価する物差しそのものが、自分の国の習慣から作られているのではないかと疑います。
原文は「自分の習慣でないものを野蛮と呼ぶ」
モンテーニュは、報告を聞く限り、その民族に野蛮で未開なものはない、と述べたうえで、「人はそれぞれ、自分の習慣でないものを野蛮と呼ぶ」と続けます。
さらに、自分たちは真理と理性を測る物差しとして、自国の意見や慣習の例しか持っていないようだ、と指摘します。重要なのは「知らないものが怖い」という心理だけではなく、自分の文化を普遍的な理性そのものだと思い込む危険です。
モンテーニュは単純な文化相対主義者だったのか
この一節だけから「すべての文化は同じで、何も批判してはいけない」と結論づけるのも行き過ぎです。
「食人種について」でモンテーニュが行うのは、まずヨーロッパ側の判断基準を反転させることです。他者を「野蛮」と呼ぶ前に、自分たちの戦争や残酷さはどうなのか。異文化を鏡として使い、判断する側自身を問い直します。
異文化理解より先に「自分の物差し」を疑う
現代への示唆があるとすれば、単なる「多様性を大切にしよう」よりこちらでしょう。
何かを奇妙、遅れている、非合理的だと感じたとき、その判断は本当に普遍的な基準によるものなのか。それとも「自分が慣れている」というだけなのか。モンテーニュの文章は、他者を理解する前に、判断する自分の位置を点検させます。
まとめ
「人は自分の習慣と違うものを野蛮と呼ぶ」は、真正なモンテーニュの一節です。
ただし核心は、単純な寛容のすすめではありません。自分の国の慣習を「真理と理性」の物差しにしていないか。他者を見る視線を自分自身へ反転させるところに、この文章の強さがあります。