はじめに
「人ひとりを殺すに値する思想などはない」。モンテーニュの名言として広く紹介される言葉です。
しかし『エセー』の一節としてこの文言を確認することはできませんでした。出典をたどると、19世紀フランスの文学史家ギュスターヴ・ランソンが『フランス文学史』で、モンテーニュの思想を説明する文章の中にこの表現を使っていることが確認できます。
したがって、現時点ではモンテーニュ本人の逐語的な名言ではなく、後世の研究者による思想の要約が本人の言葉として流通した可能性が高いと考えるのが慎重です。
確認できる文章はランソンの『フランス文学史』
ランソンはモンテーニュの政治・宗教観を論じ、宗教改革や宗教的暴力への態度を説明したうえで、「結論:普遍的寛容」とまとめます。そして続けて「人を殺すに値する思想などない」という趣旨を書いています。
重要なのは、この箇所が『エセー』からの引用として提示されているのではなく、ランソン自身がモンテーニュの思想を総括する叙述の中に置かれていることです。
モンテーニュの思想と無関係なのか
もちろん、だからといって内容がモンテーニュと無関係というわけではありません。モンテーニュは宗教戦争の時代を生き、『エセー』では残酷さ、確信の危うさ、他者を自分の尺度だけで裁くことなどを繰り返し考察しました。
ランソンの一文は、そうしたモンテーニュ像を「寛容」という観点から凝縮した表現として読むことができます。
ただし、思想をうまく要約した文章であることと、本人がその文章を実際に書いたことは別問題です。
なぜ本人の名言として広まったのか
後世の解説書が思想家の考えを短い一文へまとめ、その文章だけが切り離されれば、誰の文章なのかは見えにくくなります。
「モンテーニュの思想は要するにこうだ」という解説が、いつの間にか「モンテーニュはこう言った」へ変わる。今回の例は、名言が生まれる一つの仕組みをよく示しています。
まとめ
「人ひとりを殺すに値する思想などはない」は、モンテーニュの思想を表す言葉として長く流通しています。しかし現時点で確認できる明確な文章上の出所は、モンテーニュ本人の『エセー』ではなく、ギュスターヴ・ランソンの『フランス文学史』です。
したがって、この言葉をモンテーニュ本人の直接引用として断定するのは避けるべきです。
今回のケースが教えてくれるのは、偽の名言が必ずしも誰かの創作から生まれるわけではないということです。優れた解説や要約も、出典から切り離されれば、やがて「本人の名言」へ変わることがあります。