はじめに
「いつかできることは、すべて今日でもできる」。モンテーニュの名言として広く紹介され、「先延ばしせず今日行動しよう」という意味で使われています。
しかし『エセー』第1巻「哲学するとは死ぬことを学ぶこと」にある対応箇所を読むと、意味は大きく違います。ここでモンテーニュが語っているのは仕事や努力ではなく、死は明日だけでなく今日にも訪れうるということです。
原文が語るのは「できる」ではなく「起こる」
この箇所は英訳でも「別の日に起こりうることは、今日にも起こりうる」という意味に訳されています。
つまり「明日できることなら今日やれる」という行動論ではありません。いつ死が訪れるか分からない以上、未来の出来事だと思っている死が今日起きても不思議ではない、という文脈です。
なぜ先延ばし防止の名言になったのか
日本語の「できる」は、行為を実行できるという意味に読めます。そのため原文から死の文脈を外すと、「今日できるなら今日やろう」という非常に分かりやすい自己啓発の標語になります。
実際、この日本語は大学や学校、名言サイトなどでもモンテーニュの言葉として紹介され、先延ばし防止の意味で広く流通しています。
しかしこれは、出典のない完全な偽物というより、真正な文章が翻訳と文脈の脱落によって別の教訓へ変わった例と見るのが適切です。
本来のテーマは「死を現在の問題として生きる」
この章でモンテーニュは、死を遠い未来へ追いやらず、いつ訪れてもよいように生きることを考えています。
これは同じ章の「哲学するとは死ぬことを学ぶこと」という主題ともつながります。死を意識する目的は恐怖に支配されることではなく、死への恐怖から自由になり、現在の生を自分のものとして生きることにあります。
まとめ
「いつかできることは、すべて今日でもできる」にはモンテーニュ『エセー』に対応する文章があります。しかし、本来の意味は先延ばし防止ではありません。
明日起こりうる死は、今日にも起こりうる。だから死を未来だけの問題にせず、生と死を現在の問題として考える。この文脈を戻すと、よく知られた「行動の名言」が、モンテーニュの死生観を語る言葉へ戻っていきます。
この言葉をテーマから読む
この一節は「今日できることを先延ばしにするな」という仕事術ではなく、別の日に起こりうる死は今日にも起こりうる、という文脈にあります。「死とは何か」では、この有限性の感覚をセネカ、パスカル、トルストイと比較し、死を意識することが現在の生をどう変えるかを読みます。
人物・作品:ミシェル・ド・モンテーニュ / 『エセー』