モーツァルト「賞賛や非難を気にしない」|書簡集の出典と原文確認の現在地

「他人の賞賛や非難など一切気にしない。自分自身の感性に従うのみだ」という言葉は、モーツァルト名義で紹介されています。これに対応する英語の引用文は広く流通しており、1966年刊行の書簡集を出典として示す引用データベースもあります。しかし、今回の調査では、対応するモーツァルト本人のドイツ語書簡・日付・受取人・該当箇所まで特定できませんでした。「彼が実際に書いた」と断定するより、出典の確認状況を明示したうえで、言葉の意味を考えます。

英語の流通文と、日本語の意味

英語圏では “I pay no attention whatever to anybody’s praise or blame. I simply follow my own feelings.” という形で引用されます。「他者の賞賛や非難には注意を払わず、自分自身の感覚に従う」という内容です。日本語の「自分自身の感性に従うのみだ」は、この英語に沿った意訳と考えられます。

ただし、この英語が本人のドイツ語原文をどのように翻訳したものかは未確認です。feelings という語にも、文脈によって感覚・気持ち・判断のニュアンスがあります。原語の表現が分からない段階で、「彼が感性という言葉を芸術哲学の中心概念として使った」と論じるのは適切ではありません。

1966年刊の書簡集という出典候補

引用資料LibQuotesは、この英語文の出典として1966年刊『The Letters of Mozart and His Family』第2巻756ページを挙げています。同書はEmily Andersonによる英訳・編集として知られるモーツァルト家の書簡集です。書名とページが示されている点で、出典のない投稿より具体的な手がかりになります。

しかし、そのページの本文と、そこに収められた手紙の原文を今回直接照合できたわけではありません。また、インターネット上には作品名や発言日が書かれずに同じ英語句だけを載せる引用サイトもあります。書誌上の参照先が提示されていることと、発言の真正性を一次資料で確認したことは分けます。

モーツァルトの本物の書簡を確認できる場所

ザルツブルクの国際モーツァルテウム財団は、モーツァルト一家の手紙をオンライン版『Mozart Briefe und Dokumente』として公開しています。日付・宛先・史料の所蔵先や、書簡のテキストと画像を見られる資料です。たとえば1781年6月9日付のレオポルト・モーツァルト宛ての手紙は、同サイトで書誌と本文が公開されています。

ただし、この1781年6月9日の手紙を「賞賛や非難」の一文の出典だと示す資料は確認できていません。引用を特定するには、まず英訳書簡集の該当ページを確認し、その手紙の日付・受取人を読み取ったうえで、財団の原語資料と照合する必要があります。関連する一次資料の公開先を紹介することと、引用文の原典を発見したことは異なります。

「批判を気にしない」は何を意味し得るか

ここからは、流通する日本語表現そのものの解釈です。他人からの評価が気になりすぎると、自分で確かめた良し悪しの判断が揺らいでしまうことがあります。他人の意見を参考にしながらも、それだけで自分の価値を決めないという姿勢は、一つの考え方でしょう。

ただし「一切気にしない」を、周囲の人からの誠実な指摘も聞く必要がないという意味にするのは飛躍です。批判の内容を吟味することと、賞賛や非難によって自分の判断を丸ごと預けてしまうことは別です。また、「モーツァルトは常に批判を無視したから優れた作品を作った」という因果関係も、この短い引用文からは導けません。

現代の制作活動に応用するなら

たとえば原稿や作品を公開するとき、反応の数だけで価値を測らず、根拠や表現の正確さを自分でも点検する。批判のうち修正すべき点は取り入れ、好みの違いは違いとして受け止める。こうした姿勢は引用文から着想した現代的な活用例です。本人の生涯の証言ではなく、現代の読者が考えるための問いとして提示します。

まとめ:出典をたどってから「本人の信念」と語る

「他人の賞賛や非難など一切気にしない」という日本語は、モーツァルト名義で英語圏にも流通し、1966年の書簡集のページ番号が示される例があります。一方、対応するドイツ語原文と書簡の同定は現段階で未了です。したがって本記事は「要検証」とし、彼が創作上の信念として実際にこの一文を書いたと断定しません。原典が確認できたときは、日付と受取人、原文、版・ページを加えます。

参照した資料・今後の確認先

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