都会の喧騒から

考えるための言葉と、働くための知恵を。

和地孝「自分で考えて工夫してやるのが仕事」|テルモ再建と社員の主体性

「自分で考えて工夫してやるのが仕事」。医療機器メーカー・テルモの経営再建を率いた和地孝の言葉として紹介される一文です。旧記事は「指示待ちより主体性が大切」という一般論が中心で、具体的な経営の証拠がありませんでした。和地本人の2009年の講演を読むと、自分で考えることは、経営者も社員も共有する目的のもとで、情報を知恵へ変え、対話と行動に結びつけることでした。言葉の出典と事業上の実践を分けて読み直します。

引用そのものはどこに載っているか

致知出版社「経営者の名言」には、対象の短句が「和地孝(テルモ名誉会長)」名義で掲載されています。しかし、短句の最初の発言日時や著書・取材の該当頁までは示されていません。

今回、考え方がよく分かる別の一次に近い資料として、2009年4月24日に開かれた和地本人の講演「不確実性時代の成長戦略」(東洋経済オンライン・後編)を確認しました。この講演に流通する短句と同一の逐語表現が掲載されたことまでは確定できません。引用の初出は要検証、仕事の思想は本人講演で確認という二段階の判定です。

富士銀行からテルモへ――経営者としての転機

和地は富士銀行の役員を経て、1989年にテルモへ入社し、1995年に社長に就任しました。コーポレート・ガバナンス・ネットワークの2013年講演案内には、入社から名誉会長就任までの役職の経過が記録されています。

テルモは体温計から出発し、医療機器の開発、製造、販売へと事業を広げてきた企業です。和地が直面したのは、単に社員のやる気が足りないという問題ではなく、意思決定や組織風土をどう変えるかという経営課題でした。後年の講演に表れる「自分で考える」という要求を、こうした経営の状況から切り離せません。

2009年の講演で語った「時流に流されず、自流でやる」

和地は2009年の本人講演で、経営の選択をするとき、報道やアナリストが言うことに流されず、自分の頭で考えると説明しています。その背景には、戦時から戦後への価値観の急変を若い頃に経験し、何が本当に正しいかを自分で考える癖がついたという本人の回想がありました。

これは「他人の意見を聞かない」という態度とは違います。外部の情報を受け取り、吟味し、自分が引き受ける判断として考え直すということです。周囲の流行に迎合しないことと、根拠を確かめず独断することは同じではありません。

情報と知識を「知恵」へ変える

同じ講演の前編で和地は、ITによって情報や知識が行き交う時代だからこそ、それらを知恵にまで高める努力と、人と人の直接のコミュニケーションが重要だと話しています。

情報を収集することだけでは、次に何をするかは決まりません。顧客や患者のどんな問題を解くのか、検証できる条件は何か、誰と協力するのかを考える必要があります。「自分で考えて工夫する」という一文を、単なる気合いより、知識を現場で判断できる形に変える仕事として読める理由です。

人を資産として扱うという原則

2009年の前編では、和地は、経営の結局は人に行き着くという考えを表明し、社員を単なるコストとして扱わない方針を説明しています。2007年頃に「テルモのこころ」という冊子を作り、経営者と社員が共通して守る項目を設けたと述べました。

自律性を求めるだけで、判断に必要な時間、知識、安全、同僚への相談機会がなければ、人は責任を果たしにくくなります。組織が人を大切にすることと、社員が主体的に考えることは別々の施策ではなく、支え合う条件でしょう。

ただし「人を大切にする経営」を掲げていたという本人発言だけで、全ての社員の実際の労働環境が理想的だったと断定することもできません。理念と現場での実施状況は、必要に応じて別の証拠で評価すべきです。

指示待ちをなくすには議論できる場が要る

講演の後編で和地は、社内の無関心、指示待ち、コミュニケーション不足といった課題を挙げ、社員が自分で考えて議論に加わり、行動を起こすことを目指していたと説明しています。個人別の成果だけを追いかける状態からの脱却にも言及しました。

社員に「もっと自主的に動いて」と頼むだけで解決するとは限りません。決める権限、仕事の目的、必要な情報、議論する場が整わなければ、誰が責任を持つべきかも曖昧なままです。これは講演から読み取れる組織づくり上の論点です。

和地が自分に課した経営上の三つの決まり

本人は講演の最後に、難しい仕事は自分が引き受ける、選択に迷えば難しい方を選ぶ、時流に流されず自流で考える、という三つの姿勢を挙げています。

「難しい方を選ぶ」は万人に無謀な挑戦を求める命令ではありません。和地は、容易に見える選択にも隠れた問題があり、難しい選択には問題がはっきり見えている場合もあるという経営上の経験を語っています。判断を引き受ける経営者の話を、そのまま現場社員への無理な指示に置き換えない必要があります。

医療機器の仕事で「工夫」は無制限ではない

医療機器や医薬品に関わる仕事では、安全、品質、法令、製造管理など、個人の工夫で飛び越えてはならない条件があります。効率が上がりそうだからといって、決められた試験を省略したり、確認なしに仕様を変えたりすることはできません。

自分で考えるとは、共通の目的と守るべき条件を理解し、その範囲で改善案を出し、関係者と確認して実行することです。和地本人が今回の短句で規制対応を説明したという意味ではなく、テルモという事業の性格を踏まえた現代的な応用です。

実務に活かす四つの問い

  • 何のための仕事か:今日の作業が誰にどんな価値を届けるかを確認する。
  • どこまで決めてよいか:自分の権限、品質や安全の基準、相談すべき範囲を理解する。
  • 何を変えるとよくなるか:繰り返す手間、情報の欠落、誤りが起こる場所を探す。
  • 一人の判断で終わらせない:同僚や関係者と仮説を話し、実行結果を確かめる。

例えば顧客向け資料の作成なら、既存の説明をコピーするのではなく、顧客がどこで判断に迷うかを調べ、根拠を確かめて表現を変える余地があります。一方、製品仕様や公表すべき情報は責任者と確認する必要があります。主体性と適切な承認は両立します。

別の料理人が語った「次を考えて動く」との比較

同じサイトの陳建一「指示を待つ人は伸びない」の記事では、ホテルで料理を提供する現場を例に、仕事の目的から準備を考えるという本人の発言を紹介しています。業界は異なりますが、言われた作業だけを終えるのではなく、仕事の完了条件を理解するという問いは重なります。

ただし、和地と陳が同じ場で議論したわけでも、一方が他方の言葉を借りたわけでもありません。別々の本人資料を読者が比較するための知識接続です。

資料と確認範囲

出典状態:短句の逐語的初出は未確認/関連する本人講演の思想を確認。 名言一覧への掲載は確かめられますが、短い表現を初めて述べた日時・媒体は未特定です。2009年の講演は、その考えと具体的な経営実践を理解する別の有力資料です。公開本文と出典の確度を混同しません。

まとめ――自律性は個人の心構えだけでは育たない

和地孝に帰属する「自分で考えて工夫してやるのが仕事」という言葉は、社員に「もっと頑張れ」とだけ命じる格言ではありません。本人の講演には、経営者が責任を引き受け、社員を大切にし、話し合いと創意工夫を促す組織づくりがあります。自分で考える力と、それを発揮できる条件を両方つくる。そこまで見てはじめて、現場の仕事へつながる言葉になります。

仕事の計画をイメージした写真

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