「練習の時に楽をするな。練習の時に苦しめ」。王貞治の指導の言葉として知られる一文です。スポーツの名言に多い「厳しい練習をしろ」という一言にも聞こえますが、当時の教えを受けた選手たちの証言を読むと、苦しむこと自体が目的だったのではなく、試合で必要な力を発揮できるよう、練習から目標を高く設定するという具体的な意味が浮かびます。
同時に「苦しめ」という部分だけを抜き出すと、過剰な練習、けが、指導者からの強制まで正当化してしまう危険があります。そこで今回の記事では、王監督から指導を受けた小久保裕紀氏と城島健司氏の証言に戻り、練習の目的や準備の話を中心に考えます。
本人の発言と後輩の証言には違いがあります。記事内では、王監督の教えを直接聞いた人が何を記憶しているか、そして現代の読者が何を応用できるかを分けて紹介します。
出典は小久保裕紀氏の体験談――『致知』2013年3月号
致知出版社が公開した小久保裕紀氏へのインタビューには、月刊『致知』2013年3月号からの抜粋として、この言葉が載っています。小久保氏は、王監督の下で長くプレーし、その教えを守ってきたと語ったうえで、練習時に手を抜かないよう指導された経験を紹介しています。
重要なのは、これは著名な人物の名前を並べた単なる名言一覧ではなく、王監督に直接教わった選手本人の証言であることです。引用された言葉の文脈には、練習で遠くへ打球を飛ばすため、全身を使って打つことを求められたという具体例もあります。
同じ言葉は、致知出版社「スポーツ指導者の名言」にも収録されています。こうした掲載の裏側に、具体的な指導体験の記録があることが今回の確認で分かりました。
もっとも、本サイトが王本人の指導現場の録音や、その時点の日記を直接確認したわけではありません。「王本人の逐語的な発言の録音」ではなく「直接指導を受けた小久保氏による一次証言」として出典の性格を明示します。
「楽をしない」の意味――試合の目標を練習で小さくしない
小久保氏の説明では、練習でただバットに球を当てるのではなく、より遠くへ打つことを求められたといいます。試合で厳しい相手を前に全力を発揮したいなら、練習の段階から力を発揮する場面を想定する必要がある、という発想です。
ここには、回数をこなした事実だけでは練習の質が保証されない、という示唆があります。何を目指す練習なのかが曖昧なまま続けても、試合の判断や動作を改善できるとは限りません。
ただし、すべての練習を常に最大強度で行うべきだと断定するのは間違いでしょう。基本動作の確認、技術習得、体力回復には、それぞれ適切な負荷が異なります。目的に照らして手を抜かないことと、無計画に身体を酷使することは同じではありません。
城島健司氏が語った、打球の飛距離と準備の関係
FNNプライムオンラインの王貞治レガシープロジェクトに関する記事では、城島健司氏も王から「練習で楽をするな」と教わったことを振り返っています。バッティング練習では、ぎりぎりスタンドへ届く打球ではなく、より遠くへ飛ばすことを目標にするよう指導されたという説明です。
城島氏は、そのためにはいきなり無理をするのではなく、強い打球を打つ練習自体に向けて、さらに準備を整える必要があると語っています。突然身体を酷使すればけがの危険もあるため、日々の準備から取り組むという理解です。
これは「痛いほど練習した方が偉い」という解釈と大きく異なります。高い目標を立てたら、その目標に応じた技能や身体の条件を段階的に整える必要があるという話です。
「練習の練習」が示す長期的な準備
城島氏の証言にある「練習のための練習」という考えは興味深いものです。試合で優れたプレーをするためには、まず良い練習ができる状態をつくる。そして、その練習を続けられるような準備や生活習慣も必要になる。
これは単に回数を増やすという意味ではありません。技術を磨くための体づくり、身体の状態の確認、集中できる環境、練習の目的を共有することなど、土台になる仕事が含まれます。
王自身が現代のトレーニング科学のすべてを語っていたわけではありませんが、選手の証言を読むことで、厳しい言葉の裏側にあった高い基準を支える準備の考え方が見えてきます。
王貞治の実績を、指導の言葉とは別に確かめる
野球殿堂博物館の公式紹介によれば、王貞治は1959年から1980年まで巨人でプレーし、通算868本塁打、2,786安打を記録しました。現役引退後は巨人とホークスで監督を務めています。
この実績は努力や指導の説得力を語る背景にはなりますが、素晴らしい成績を持つ人の練習方法が、どの年代・体格・競技の人にもそのまま当てはまることを保証するものではありません。
また、指導を受けた選手の回想と、ほかの選手全員の経験が同じだったかという問題も異なります。歴史的な指導者の言葉を読むときは、体験談の価値を認めつつ、一般化しすぎないことが大切です。
「苦しめ」を根性論に置き換えない
練習はときに、慣れない技術を身につけるための負担や難しさを伴います。楽なことだけを続けていては改善しない部分もあります。しかし負荷が高ければ高いほど成果が出ると考えるのは短絡的です。
疲労が強いときや痛みがあるとき、練習方法が不適切なときには、続行するより休息や方法の変更が必要なこともあります。とくに成長期の子どもに、大人のプロ選手の指導語をそのまま押しつけることには慎重であるべきです。
また、指導者と選手の力関係がある場面では、本人が断れないほどの練習を「向上心がある証拠」として求めてはいけません。高い目標を持つこと、納得できる方法で練習すること、安全を守ることは、矛盾せずに両立を目指せるものです。
前の記事「プロはミスをしてはいけない」との共通点
当サイトの王貞治「プロというのは絶対にミスをしてはいけない」では、2011年の本人インタビューと2008年のテレビ番組から、ミスを最初から言い訳にせず、準備・反省・再発防止へ向かう姿勢を解説しました。
今回の「練習で楽をするな」は、その前段階を考える言葉です。どちらも、試合で望む結果を得たいなら、その時だけ努力するのではなく、普段から目的に沿って準備するという考え方とつながります。
一方で、二つの言葉を合わせて「厳しくすればするほど良い選手が育つ」と解釈してはなりません。何をどう改善するかという具体的な技術と判断が抜け落ちてしまうからです。
仕事や学習に応用するなら、負荷よりも練習の設計を考える
現代の仕事に置き換えてみます。重要な会議で分かりやすく説明したいなら、ただ資料を読み返すだけでなく、短い時間で要点を伝える練習や、想定外の質問に答える練習を行うことができます。
新しい技術を学ぶ場合も、知識を読むことと、実際に使い、失敗し、改善することは別です。実践でどんな場面に困るかを想定して、学習の形を変える方が有効なことがあります。
こうした応用では「苦しいほど頑張る」こと自体を目標にせず、本番に必要な動作を見極め、そのための練習を組み立てることが重要でしょう。これは王の指導を現代の仕事へ応用した本サイトの提案です。
練習を見直す三つの問い
以下は小久保氏や城島氏の発言を直接手順化したものではなく、読者が自分の練習を振り返るための問いです。
- 目的:この練習を終えたとき、何が以前よりできるようになっていたいか。
- 準備:より良い練習のために、身につけるべき基礎や整えるべき環境はあるか。
- 安全:疲労や痛みを我慢することを成果と誤認していないか。適切な休息や相談の余地はあるか。
まとめ――試合のための準備を、普段から積み重ねる
王貞治「練習の時に楽をするな。練習の時に苦しめ」は、直接指導を受けた小久保裕紀氏の証言として『致知』2013年3月号に掲載された言葉です。後年の城島健司氏の証言にも、同じ方針とその具体的な指導例が見られます。
両者の話で重要なのは、ただ苦痛に耐えることではありません。試合でより高い成果を目指すため、練習から水準を高く設定し、そのための技術や身体の準備を整えることです。
現代の読者が受け取るなら、「どれほど苦しんだか」ではなく、「何を実現するために、どう準備したか」を考えるきっかけになるでしょう。

出典・参考資料と確認範囲
- 致知出版社「小久保裕紀が振り返る王監督」(月刊『致知』2013年3月号からの抜粋):直接指導を受けた小久保氏による体験談、引用の文言と練習時の具体例を確認。
- FNNプライムオンライン「城島健司さんが振り返る王貞治さんの言葉」:練習でより遠くへ飛ばす目標と、そのために必要な準備・けがのリスクへの言及を確認。
- 致知出版社「スポーツ指導者の名言」:同じ短句の掲載例を確認。
- 野球殿堂博物館「王貞治」:選手成績・経歴・野球殿堂入りについて確認。
- 当サイト「プロというのは絶対にミスをしてはいけない」:同じ人物の準備とミスへの姿勢を比較。
- 当サイト「名言の出典ステータスの読み方」:当事者証言と原録音の証拠範囲の違い。
監査注記:出典ステータスは「出典確認済み(当事者の一次証言に基づく)」です。『致知』2013年3月号の小久保裕紀氏本人の体験談を確認し、同じ指導方針を城島健司氏も語っています。ただし王監督が実際に指導した全場面の録音・当時の日記は取得していません。現在のトレーニング方法や職場の安全についての記述は本サイトの考察であり、王の言葉そのものではありません。