「人間は60兆個の細胞からできている」「細胞が生まれる確率は宝くじに何度も当たるほど低い」。生命科学者・村上和雄の言葉として、こうした説明がひと続きの名言のように紹介されることがあります。しかし、実際に確認できた本人の文章では、細胞数の説明と宝くじの比喩は、時期も論点も異なります。生命への驚きというメッセージは尊重しつつ、科学的な数値との区別をつけて読み直します。
村上和雄本人が語った「約60兆個」
2006年1月23日、全国町村会のコラム「子供は作れるものではない、授かるもの」で、村上は体重60キロの人の細胞数を約60兆個と説明しています。まず、「60兆個」という数値を村上自身が用いていたことは確かめられます。
同じ文章は、受精卵から体が発達する過程に着目し、人間が生命を「作った」と簡単には言い切れないという自身の生命観を展開しています。一方、2006年の細胞数は、その後の研究を踏まえると現在の標準的な推計値として無条件に使うべき数字ではありません。
2018年には、村上自身が「約37兆個」に言及
『致知』2018年7月号掲載の村上の文章「サムシング・グレートに教えられたこと」では、人体の細胞数について新しい研究で示された約37兆個という数を紹介しています。これは、本人が晩年まで「60兆個」だけを唯一の数値として主張し続けた、という読み方と合いません。
実際の細胞数は、体格、年齢、細胞の種類、集計方法などによって推計が変わります。2016年の分析は標準的な成人男性を約30兆個と推計し、2023年の学術研究は、モデルとする成人男性(70kg)約36兆個、成人女性(60kg)約28兆個、10歳の子ども(32kg)約17兆個と推計しました。これらは特定条件での推定値であって、あらゆる人に共通する固定数ではありません。
宝くじの話は「人体の一つ一つの細胞」の確率ではない
2018年の文章で村上は、進化生物学者・木村資生の名前を挙げ、宇宙に最初の生命細胞が生まれることの稀さを、巨額の宝くじに繰り返し当たることにたとえています。ここで問題にしているのは生命の起源にまつわる比喩であって、すでに生きている人体の細胞が分裂して増えるたびの確率ではありません。
したがって、元記事のように「人体の細胞一個が、宝くじに百万回当たる確率で誕生する」と説明すると、論点が変わってしまいます。また、この比喩には確率の標本空間や算出手順が示されていません。計測・計算された生命誕生確率として採用することはできません。木村資生のどの著作にこの比較があるかについても、今回確認できた資料だけでは確定していません。
「奇跡」は科学用語ではなく、生命観を表す言葉
村上が伝えようとしたのは、生命の複雑さを前にして、存在を当たり前と思わず大切にしたいという姿勢でしょう。彼の文章には「サムシング・グレート」という、生命の営みを理解しようとする際の独自の表現も登場します。これは彼の哲学的・宗教的な解釈を含む生命観として読むことができますが、生命の起源についての科学的な機構が実証されたという意味ではありません。
人体をつくる細胞数の推定、細胞分裂の仕組み、最初の生命が成立するまでの過程、そして「生きていることをありがたく思う」という価値判断は、互いに関連しながらも別の問いです。数値への疑問を持つことは、生命の尊さを否定することではありません。むしろ、事実と比喩を区別することで、伝えたい価値を誤った科学説明に頼らずに考えられます。
私たちが引き受けられる問い
自分の体が膨大な数の細胞によって成り立っていると知ったとき、どのような感情を抱くだろうか。これを「奇跡」と呼ぶかどうかは個人の解釈です。ただ、健康、他者、環境との関係を大切にしたいと感じるきっかけにはなるかもしれません。その意義を語るのに、検証できない宝くじの確率を事実として示す必要はありません。
出典と監査結果
① 村上和雄「子供は作れるものではない、授かるもの」(全国町村会、2006年):村上本人による60兆個の記述を確認。
② 村上和雄「サムシング・グレートに教えられたこと」(『致知』2018年7月号):宝くじの比喩の対象、木村資生への言及、約37兆個の記述を確認。
③ Senderほか(2016), Revised Estimates for the Number of Human and Bacteria Cells in the Body:約30兆個の推計方法を確認。
④ Hattonほか(2023), The human cell count and size distribution:成人男性約36兆個、成人女性約28兆個、10歳児約17兆個というモデル推計を確認。
出典状態:「60兆個」および宝くじの比喩を村上がそれぞれ述べた資料は確認できました。ただし、元記事の長い日本語の一文が本人の単一の発言・著作からそのまま引用されたことは未確認です。木村資生の一次資料と、比喩から具体的確率を計算する根拠も未確認のため、当該一文は逐語引用として扱いません。
名言と原典の扱いについては当サイトの出典ガイドも参照してください。

生命を大切にするという村上のメッセージと、科学的に確かめられたことを混ぜない。これがこの記事の結論です。細胞数の推計が変わっても、生きていることの意味を問い直す価値まで失われるわけではありません。