「悲しむということは、笑うことと同じように大事なこと」。作家・五木寛之の言葉として伝わる一節です。これを単に「悲しくても幸せになれる」と励ますための標語にすると、言葉の背景が見えなくなります。出版元が再公開した五木寛之と医師・永田勝太郎の対談では、笑いを重視する社会の一方で、泣くことや悲しむことが軽く扱われていないか、という問いが語られています。
本人発言の出典――『致知』2021年10月号の対談
致知出版社「泣くことと笑うことは背中合わせ」は、月刊『致知』2021年10月号の特集「天に星 地に花 人に愛」から、五木寛之と永田勝太郎の対談を一部抜粋・編集して公開した記事です。ウェブ記事の表示日と、対談の元となる雑誌の刊行時期は区別します。
対談で五木は、笑いが大切だと言われる一方で、泣くことも大切だと述べています。さらに、民俗学者・柳田國男の『涕泣史談』に触れ、喜びの涙や弔いの涙が社会の中で果たしてきた役割を考えます。
致知出版社の「作家・文人の名言」にも、現在流通する短句が五木名義で掲載されています。ただし、名言一覧の表現と2021年対談の逐語的な言い回しは必ずしも一致しません。意味の対応は確認できるものの、流通する一文をそのまま対談の全文引用と扱わないことが重要です。
柳田國男『涕泣史談』を話題にした理由
対談で五木は、柳田國男が日本人の「泣く」文化について書いたことを紹介し、かつては喜びや悲しみに対して涙を流す行為が社会的な表現でもあったと振り返ります。その一例が弔いの際の泣き手の文化です。
ただし、ここで語られた日本人の感情表現の歴史を、現代のすべての人に当てはまる科学的事実として扱ってはいけません。時代や地域、家族の文化によって、悲しみの表し方には違いがあります。涙を見せないからといって、悲しんでいないとは言えないでしょう。
「笑い」と「涙」を、善悪の対立にしない
五木は、笑うことだけを良いものとし、泣くことを悪いものとする見方に疑問を呈しています。笑いと泣くことを、人間の感情表現として切り離せないものだと考えたのです。
ここでの論点は、日々の悲しい体験が後に必ず報酬となる、という因果関係ではありません。悲しさを感じる時に無理やり笑顔を作る必要はなく、苦しみがある人に前向きな態度を強制しない、という読み方ができます。
一方で、泣きたくない人が泣かなければならないわけでもありません。感情の表し方は人によって異なります。泣けない自分を責める必要も、悲しみを表面化させることを他人が強制する理由もありません。
「悲しみを知らなければ本当の喜びは生まれない」とは
本人の対談には、深い悲しみがあるからこそ、本当の喜びを理解できるのではないか、という趣旨の言葉が登場します。これは五木の人生観を示す文学的な表現です。
ただし、誰もが大きな喪失を経験しなければ幸福を感じられないとか、辛い出来事は必ず人を成長させる、ということを証明するものではありません。苦痛や喪失の経験を、幸福の必要条件として他者へ求めないことが大切です。
「幸福」の感じ方は、本人の暮らしや人間関係、置かれた条件によってさまざまです。現実の困難を無視し、心構えの問題へ還元しない視点も必要です。
作家・五木寛之が繰り返し扱ってきた主題
五木寛之は『青春の門』『大河の一滴』『親鸞』などの作品で知られる作家です。致知出版社の対談紹介では、戦後の引き揚げを経験したことや、人間の生と死について考え続けてきた経歴が述べられています。
また、『家庭画報』2024年5月号に掲載された本人の連載記事でも、笑いの大切さと同じくらい、泣くことを忘れないようにしたいと述べています。2021年の対談とは別の媒体でも、似た主題を本人が継続して語っていると確認できます。
とはいえ、この言葉が特定の作品の一場面から生まれたとは、今回の資料では確認できません。本人が長年関心を寄せた主題と、個々の引用の初出を混同しないことが、記事監査では重要です。
悲しい人に、この言葉をどう渡すか
悲しい経験をしている人に、すぐ「これは必要な学びだ」「あなたを強くする経験だ」と告げることは、相手の事情を十分に知らない言い方になりかねません。まずは、話したいかどうかを確かめ、必要ならただ一緒に過ごすこともできます。
五木の言葉を活かすのであれば、悲しみを無理に消さなくてもよいという選択肢を残す方向が適切でしょう。「必ず泣こう」「すぐ立ち直ろう」という新しい義務を作る必要はありません。
また、悲しい時に生活上の支援が必要になることもあります。その場合、感情の受け止め方だけで解決しようとせず、信頼できる人や必要な専門家につながることも大切です。
現代の日常で考えられる三つの視点
- どんな感情にもすぐ価値を付けない:悲しい、辛い、うれしいという感覚を、良い・悪いで即座に分類しない。
- 表し方を選ぶ:涙、言葉、沈黙、行動など、本人に合う形が異なると理解する。
- 他者の悲しみを急いで説明しない:励ます前に話を聞き、必要な支援や距離感を確かめる。
例えば、仕事で思うような結果が得られなかったとき、すぐ次へ進むことも、残念だったことを少し振り返ることもできます。大切なのは、一つの感情処理の方法を万人へ押しつけないことです。この実践例は対談から広げた編集上の考察です。
参照資料と出典判定
- 致知出版社「泣くことと笑うことは背中合わせ」:2021年10月号に掲載された五木寛之と永田勝太郎の対談を編集して公開。笑いと涙、柳田國男についての本人発言を確認。
- 致知出版社「作家・文人の名言」:日本語の短句が五木名義で掲載されていることを確認。
- 家庭画報.com「あなたは最近、泣いたことはありますか?」:本人による2024年5月号の連載で、笑いと涙への考えが再度述べられている。
出典状態:本人の対談による主題を確認/流通する短句と逐語一致は未確認。 2021年の対談で五木が悲しみと笑いの大切さを自ら語ったことは確かめられます。一方、短縮された一文の最初の掲載媒体と逐語表現まで確定したわけではありません。健康への因果効果については、対談に言及があっても独立の研究検証は行っていません。
まとめ――泣くことを、幸福への義務にしない
五木寛之が語ったのは、笑うことだけをよしとする見方への疑問と、涙を含む感情表現を尊重する姿勢でした。悲しみを知ることに意味を見いだす人もいれば、そう説明できない人もいます。大切なのは、他人の悲しみを測ったり急いで前向きに変えたりせず、その人のペースを認めることでしょう。本人の対談を読むことで、短い名言の背景がより具体的になります。
