「ベースで自分の生活を守りながら時々波乱を起こす。音楽でいう変拍子。人間はそうやって動的に生きなきゃいけない」。作家・五木寛之の言葉として紹介される一節です。安定を保ちながら変化も求めるという魅力的な比喩ですが、これを無条件の「新しい挑戦をせよ」という命令にしてはいけません。今回は、短句の出典状況を示したうえで、本人が2020年に語った生活の変化や、作家として実際に取り組んだ活動から考えます。
出典の確認――出版社の名言一覧には掲載
致知出版社「作家・文人の名言」には、今回の文言が五木寛之名義で掲載されています。短句が同出版社によって五木の言葉と紹介されていることは確認できました。
ただし、名言一覧には、本人の著書の名前、当時のインタビューの日時、該当するページがありません。今回の調査では、この一文の逐語的な初出は特定できませんでした。この先で紹介する別のインタビューを、対象の短句が実際に発せられた場所として扱うことは避けます。
「ベース」は日々の暮らしの土台を指す
文頭の「ベースで自分の生活を守りながら」は、生活の基礎を保つことを意味する表現として読むことができます。仕事や収入、住まい、健康、身近な人との関係など、暮らしを成り立たせる条件が考えられます。
「ベース」という語は音楽の低音楽器や基礎にもつながりますが、この文章だけで五木が特定の楽器の演奏技法を語ったと解釈する必要はありません。後に続く「変拍子」は、生活の変化を音楽のリズムにたとえた表現として扱うのが自然でしょう。
変拍子――いつものリズムが変わる面白さ
音楽の世界では拍子やリズムの組み合わせが変わると、聴く人に新しい緊張感や動きが生まれることがあります。この一文では、いつもの暮らしに別の変化を加えることを「変拍子」と表現しています。
ただし具体的にどの拍子、どの曲を例にしたのかは不明です。五木がジャズや音楽に関心を持っていた事実は、必ずしもこの一文の出典が音楽評論であることを示しません。比喩としての意味を丁寧に説明し、作品名を想像で当てはめないことが大切です。
作家になるまで、音楽と文章の仕事を重ねた
潮出版社の公式著者紹介によると、五木は1952年に上京し、早稲田大学のロシア文学科を中退したあと、PR誌の編集、作詞、ルポライターなどを経験しました。1966年の『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞を受賞し、翌1967年には『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞を受賞しています。
別の日本文学の翻訳・普及事業による公式作家紹介にも、作家・エッセイスト・評論家であると同時に、作詞や作曲に携わったことが記されています。音楽が五木の活動から離れた単なる飾りの分野ではなかったと分かります。
もっとも、そうした経歴を根拠に、対象の名言をいつ生み出したかまでは確定できません。五木が複数の分野で仕事をしてきた事実と、発言の書誌的な出典は別です。
1981年、執筆を休んで仏教史を学んだ
講談社文庫の五木寛之特設ページは、五木が1981年から龍谷大学の聴講生として仏教史を学び始めたと紹介しています。小説家として成功を収めたあとも、関心の領域を変え、学び直す時間を設けたことが分かります。
これは実際の人生の中で、執筆を続けることと学ぶ分野を変えることの両方があった例です。しかし、講談社の紹介は当該の「変拍子」という表現の発話場面を示していません。「このとき五木が変拍子と言った」と結びつけることはしません。
2020年――本人も思いがけず生活のリズムを変えた
2020年の東洋経済オンラインの本人インタビューでは、五木は長年続けてきた夜型の生活が、新型コロナウイルスの流行後、朝型に変わったと語っています。それまでは夜中に執筆し、明け方に眠り、午後に起きる暮らしを続けていたという話です。
しかし、夜中に立ち寄っていた店などの環境が変わり、朝早く起きて散歩し、本や新聞を読むようになりました。本人は、88歳になる頃に自分の生活がこれほど変わるとは予想していなかったと振り返っています。
この出来事が興味深いのは、変化を計画的に起こしたのではなく、社会環境が変わった結果として生活のリズムも変化したところです。「時々波乱を起こす」という能動的な表現だけでは語りきれない、別の側面が見えます。
別の取材では「自力だけでは変わらない」とも語った
PRESIDENT Onlineの2020年の五木本人へのインタビューでは、半世紀ほど続けた夜型から朝型へ変わったことについて、以前は自分で変えようと何度も努力してもできなかったと述べています。
一方、感染症による大きな環境変化を受け、自然に生活の時間帯が変わった。そこから五木は、自分の意思だけで人生を動かせるわけではないという「他力」の考えを語ります。
この取材は対象の「変拍子」の短句の初出ではありません。ただし、五木の別の発言として、自分で波乱を起こす主体性と、自分の外で起きる変化を受け止める姿勢を比較する助けになります。
変化を歓迎できない時期があるのも自然
暮らしを変えるのが面白いと感じる時もあれば、生活の条件を守るだけで精一杯の時期もあります。仕事、育児、介護、病気、経済状況によって、本人の裁量は大きく変わります。
この短句を「変わろうとしない人は停滞している」と誰かに押しつけることはできません。変化が生活へ重大なリスクをもたらすときは、今ある安全や安定を守ることが重要です。
逆に、生活の基盤をある程度保てる状況であれば、趣味、読書、学び、日々の歩き方などに小さな新しさを試すことができます。変化の規模は本人の条件によって選べます。
「波乱」を危険な挑戦と同一視しない
波乱と聞くと、転職、引っ越し、独立など人生を一変させる選択を想像するかもしれません。しかし五木の一文は、具体的に高額な投資や生活基盤を捨てる行動を勧めたものではありません。
小さな予定の変更や、新しい分野の本を読むこと、普段会わない人と話すことも、いつものリズムに違う拍を加える経験になり得ます。ここで挙げた行動は読者向けの例であり、五木が具体的に勧めた一覧ではありません。
新しい拍子を加える前に考えたい四つのこと
- 守りたい基盤は何か:暮らしを続けるための収入、時間、健康、人との関係などを考える。
- 変えたいことは何か:惰性になっている習慣と、大切にしている習慣を分ける。
- 小さく試せるか:元へ戻しやすい方法から、新しい活動を生活に入れてみる。
- 環境の変化も見る:自分の意思で動かせない条件があるときは、無理をせず調整する。
例えば毎日の文章執筆に行き詰まったとき、執筆時間や読む本のジャンルを一度変えてみることができます。それによってよい発想が生まれるかどうかは人によります。できなければ別の方法を試してもよいのです。
五木寛之の別の言葉とも読み比べる
同サイトの五木寛之「悲しむことは笑うことと同じくらい大事」では、2021年の本人対談をもとに、感情を無理に前向きなものへ変えないという論点を整理しています。
暮らしを守りながら変化を受け入れることと、笑いだけでなく悲しみも含む生活を考えることは、同じ作家の異なる主題です。ただし、それぞれ別の取材・名言の出典であり、同じ文章の続きだと決めつけるべきではありません。
参照資料と出典判定
- 致知出版社「作家・文人の名言」:対象の「ベース」「変拍子」という文章を五木寛之名義で掲載。ただし初出の作品・取材は未記載。
- 東洋経済オンライン(2020年)五木寛之本人インタビュー:夜型の生活から朝型への変化と日常生活を本人が語る。
- PRESIDENT Online(2020年)五木寛之本人インタビュー:自力で変えられなかった生活習慣が社会環境の変化で切り替わった経験と「他力」への考え。
- 潮出版社・五木寛之著者紹介:編集、作詞、ルポ、創作という経歴。
- 現代日本文学の翻訳・普及事業・五木寛之:作家・エッセイスト・作詞家などの活動と主要受賞歴。
- 講談社文庫「五木寛之オンライン」:1981年の仏教史の学びと主要作品の紹介。
出典状態:出版社の名言一覧で文言確認/最初の掲載媒体・本人の逐語的発言場所は未確認。 2020年の生活変化は本人の別の取材で確かめられますが、「変拍子」という一文の直接の原典として扱っていません。文学的な比喩からの解釈と、本人の生涯・発言で確認できる事実を区別しています。
まとめ――土台を大切にしながら、変わることにも余地を残す
五木寛之名義で紹介される「変拍子」の一節は、人生を一つのリズムだけに固定しないための問いとして読むことができます。実際に五木自身、長年の夜型生活が予想外に朝型へ変わったことを語っています。自分から試す小さな変化も、環境によって起きる思いがけない変化もある。生活の基盤を守りつつ、自分に合う形でリズムを調整することについて考えたいものです。
