はじめに
「賢者は、生きられるだけ生きるのではなく、生きなければいけないだけ生きる」。この言葉はモンテーニュの名言として紹介されることがあります。
たしかに『エセー』には、この趣旨の文章が登場します。しかし原典をたどると、これはモンテーニュが独自に作った言葉ではなく、セネカ『倫理書簡集』第70書簡に由来する一節です。
原典はセネカ第70書簡
セネカは第70書簡で「Sapiens vivit quantum debet, non quantum potest.」と書いています。直訳に近く言えば「賢者は、生きられるだけではなく、生きるべきだけ生きる」です。
その直後では、重要なのは人生の長さではなく、どのような人生であるかだと論じます。この一節はセネカの死と自由をめぐる議論の中にあります。
なぜモンテーニュの名言になったのか
モンテーニュは『エセー』第2巻「ケオス島の習慣について」で、このセネカの言葉をフランス語の文章へ取り込みます。
そのため『エセー』だけを切り取って読むと、モンテーニュ自身の格言のように見えます。しかし古い注釈付き本文でも、この箇所にはセネカ第70書簡が出典として示されています。
「ある著者の本に書かれている」ことと、「その著者が最初に言った」ことは同じではありません。名言の出典を調べるうえで重要な例です。
モンテーニュにとって無関係な言葉ではない
だからといって、この一節とモンテーニュが無関係になるわけではありません。『エセー』初期の文章では、セネカをはじめとする古代思想家の言葉を取り込みながら、死や自由について考えています。
むしろ面白いのは、後にモンテーニュ自身の死生観が変化していくことです。死への備えを強く意識する文章から、最終章では「われわれの偉大で光栄ある傑作は、適切に生きること」と、日々の生そのものへ重心を移していきます。
まとめ
「賢者は、生きられるだけ生きるのではなく、生きるべきだけ生きる」は、『エセー』に登場するものの、原典はセネカ『倫理書簡集』第70書簡です。
これは誤った文章が広まった例ではなく、真正な古典の言葉が別の著者の文章に引用され、その引用者の名言として流通するようになった例です。モンテーニュを読むときは、彼自身の声と、彼が対話している古典の声を分けて読むことで、『エセー』の面白さがよりよく見えてきます。

