「他人が自分より優れていても恥ではない。しかし、去年の自分より今年の自分が優れていないのは恥だ」。この日本語の格言は「ラポック」または「ジョン・ラボック」の名前で広まっています。他者との比較から自分の変化へ視点を移す、印象に残りやすい言葉です。けれどもどの著作の何ページにこの文章が記されたか、対応する英語原文の初出は特定できていません。本人の確定した発言として引用しない理由と、考える手掛かりとしての価値を分けて見ます。
「ラポック」は誰なのか
人物名は通常、英国のジョン・ラボック(Sir John Lubbock, 1834–1913)、のちの初代エイヴベリー男爵に対応する形で紹介されます。銀行家・政治家として活動し、考古学や博物学にも関わった人物です。没後の人物評であるNature誌1913年の追悼記事、英国人名事典の伝記で、人物同定と経歴を確認できます。
ただし、この人物が実在し、自己教育や人生について書いていたことと、問題の一文がその文章中にあることは、別の事実です。人物紹介ページから引用の出典を証明することはできません。
同じ日本語の格言が広まっている事実と、原典の証明は違う
日本語では格言紹介サイトや企業の格言一覧などにラボック名義の表現が掲載されています。英語の名言紹介にも近い形の文章が見られます。しかし、これらは再掲・翻訳された流通状況を示すもので、著者が何年にどこで書いたかまでは証明しません。
ラボック本人の著作には『The Pleasures of Life』(『人生の楽しみ』、1887年初刊)があります。同書は幸福、学習、時間、友情などを扱っており、本文をオンラインで読めます。今回これを著作確認の入口として参照しましたが、そこに「去年の自分」の引用があると確認できたわけではありません。全著作を網羅した調査でもないため、「ラボックの言葉ではない」と断定することも避けます。
去年の自分と比べることは、なぜ役立つ場合があるのか
ここからは、出典の未確定な流通句をきっかけとする当サイトの解釈です。他人と比べると、経験年数や環境、利用できる資源が異なるにもかかわらず、結果だけを並べてしまうことがあります。自分の過去と比べれば、同じ人がどのような条件のもとで考え方や行動を変えたかを振り返りやすくなることがあります。
たとえば学習では、昨年は説明できなかった概念を今は他人に説明できるようになったか。仕事では、発表回数ではなく、難しい状況の中で根拠を示して意思決定できるようになったか。比較する基準を明確にすると、漠然とした劣等感よりも具体的な振り返りにつながるかもしれません。
「成長していなければ恥」は、無条件に正しいのか
この格言を読むうえで注意したいのは、後半の強い言い方です。病気、家庭の事情、介護、育児、経済状況の変化などによって、以前と同じように活動できない時期はあります。数値や目に見える成果が増えていないことを、人格の劣化や恥と決めるべきではありません。
また、成長が常に直線的であるとは限りません。新しい仕事に移れば、いったん成果が落ちることもあります。成果を維持することや、無理をしない判断を覚えることが、ある時期には重要な変化かもしれません。自己比較を使うなら、他人の代わりに過去の自分を新しい『競争相手』にするのではなく、今の条件を理解する道具にしたいところです。
比較するなら三つの条件をそろえる
- 何を比べるか:件数、売上、勉強時間だけでなく、判断の質や持続可能性など、今の目的に関係する指標を選ぶ。
- 条件は同じか:家族、健康、仕事量、役割、環境にどんな違いがあるかを添えて読む。
- 比較してどうするか:自分を責める結論で終わらず、継続・変更・休息など次の選択を考える。
このように意思決定の仕方を整理する概念として、アリストテレスのプロアイレシス(熟慮に基づく選択)も参考になります。ただし、古代の概念がこの格言の出典であるという意味ではありません。
資料と出典の状態
- Nature(1913年)「Lord Avebury, F.R.S.」:ジョン・ラボックの人物・活動を確認するための記録。問題の格言の出典ではない。
- Dictionary of National Biography, Lubbock, John:人物の正式名と経歴を確認。
- John Lubbock, The Pleasures of Life:本人の著作にアクセスできる資料。問題の一文の存在は未確認。
- 格言紹介サイト:ラボック名義の日本語の流通を確認。引用の原典ではない。
- 未確認:対応する英語原文の初出、収録作品、版、ページ、日本語訳者。著作を網羅的に調べたものではなく、本人の発言と確定することも誤帰属と確定することもできません。
出典状態:要検証。 原典の確かさと、読者にとっての意味を分けて扱う方法は名言の出典監査索引で紹介しています。
編集履歴(2026年10月18日):旧記事の原典未記載の帰属断定と、前年比で向上しなければ恥とする単純な成功論を見直し、人物資料・言葉の流通・解釈を分けて全面改稿しました。
