「いつまでも続く不幸というものはない。じっと我慢するか、勇気を出して追い払うかのいずれかである」。フランスの作家ロマン・ロランの名言として流通する日本語です。困難のなかにいる人を励ます表現として紹介されますが、ロラン本人のフランス語原文、収録作品、初出の頁を今回の調査では確認できませんでした。その限界を明らかにしたうえで、言葉自体の意味と危うさを考えてみます。
日本語の引用資料から分かること
名言ナビにはこの日本語がロマン・ロラン名義で掲載され、別表現として「じっと耐えるか、力を振り絞って追い払うか」という形も紹介されています。名言アーカイブスなど別の日本語サイトにも、同じ帰属で文章が並んでいます。
雑誌『Marisol』の2019年の企画にも同文がロランの言葉として登場します。従って、少なくとも2019年には日本語の励ましの言葉として流通していたことは確認できます。ただし、引用が複数のサイトに載っていることは、原作者・原著・初出を確かめた証拠にはなりません。
ロマン・ロランはどんな作家だったのか
ロマン・ロラン(1866〜1944)は、フランスの小説家・劇作家・評論家で、1915年のノーベル文学賞を受賞しました。ノーベル賞公式サイトでは、代表的な長編小説『ジャン・クリストフ』や『魅せられたる魂』において、人が精神的・現実的な困難に向き合う姿を描いた作家として紹介されています。
ロランの作品が生きる苦しみや思想を扱っているのは確かです。しかし、作品の主題がこの名言と似ているからといって、その作品の一節だと断定することはできません。「第一次世界大戦中に、この言葉で人々を励ました」といった詳しい成立事情も、具体的な原資料がなければ書くべきではありません。
「我慢する」と「追い払う」の二つしか選べないのか
この日本語が描くのは、困難に直面したときの二つの態度です。一つは、すぐには変えられない状況のなかで耐えること。もう一つは、状況を変えるために行動することです。そのどちらかを選べるという解釈には、人の主体性を感じさせるところがあります。
しかし、実際の生活で選択肢が二つしかないわけではありません。休む、相談する、逃れる、関係を整理する、支援を得る、時間を置いて判断するなど、状況ごとに異なる道があります。我慢と対決のどちらかだけを無理に選ばなくてよいという点は、この言葉を現代に持ち込むときに欠かせない留保です。
不幸は「必ず終わる」と約束してよいのか
「いつまでも続く不幸はない」という断言は希望になる一方、長く続く困難や悲しみのただなかにいる人には、現実を分かってもらえていないと響くこともあります。
個々の苦痛がいつ終わるかは、文学の格言一つから予測できません。人に助けを求めたり、問題のある環境から離れたりすることを「勇気が足りない」「忍耐が足りない」と裁くために、この言葉を使うべきではありません。
「勇気」とは何かを考え直す
困難に正面から挑むことだけが勇気ではありません。自分が困っていると認めること、問題が大きすぎると知ったときに退くこと、信頼できる人の助けを借りることも、状況によっては難しい決断です。
この日本語の言葉は、絶望の中でも行動の余地を探したいという願いを表しているように読めます。ただし、こうした解釈は私たちが日本語の短文から考えたもので、ロラン本人の思想や心理学上の実証として示すことはできません。
不確かな名言は、引用しない方がよいのか
出典が未確認でも、気づきや慰めを得ることはあります。しかし、他の人に向けて引用する際は、作者名の断定を避けるのが適切です。「ロマン・ロランの言葉として紹介される」と記せば、言葉の流通と著者への帰属の確度を区別できます。
さらに、翻訳された名言であるなら、元のフランス語、作品名、版、掲載頁を確かめることが望まれます。今回の日本語には「我慢」「耐える」、「勇気」「力を振り絞る」という表現差があり、原語との対応がまだ分かりません。
まとめ――希望を読み、出典は保留する
「いつまでも続く不幸というものはない」は、ロマン・ロラン名義で日本語の媒体に流通しています。しかし今回、本人のフランス語の文章と収録箇所には到達していません。したがって、出典状態は「要検証」です。言葉を読む際も、忍耐か戦いかの二択だけではないこと、誰かの苦しみを一方的に評価しないことを大切にしたいところです。
確認に用いた資料
【日本語での流通】名言ナビ「いつまでも続く不幸というものはない」。異なる日本語表現とロランへの帰属を確認。名言アーカイブス「ロランの名言」。いずれもフランス語の原典を示すものではありません。
【刊行例】Marisolの2019年企画を紹介する記事。同文の掲載記録であり、真正な著作帰属の証拠ではありません。
【作家の基本情報】ノーベル賞公式サイト・Romain Rolland。人物の経歴、文学賞、代表作の確認に使用。見出しの日本語をロラン本人の文章と証明する資料ではありません。
【出典状態】要検証。フランス語原文、作品名、訳者、初出箇所は未特定です。
