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モンテーニュ「率直さと純粋な真実は、どんな時代にも通用する」|『エセー』が語る誠実さと交渉

はじめに

「純朴と純真な真実とは、いかなる時代においても時と場を得る」。モンテーニュの名言として紹介されるこの言葉には、『エセー』第3巻第1章「有用なものと正しいものについて」に対応する真正な文章があります。

英訳では「Sincerity and pure truth, in what age soever, pass for current」と訳されてきました。つまり、率直さと純粋な真実は、どんな時代でも通用するという趣旨です。

ただし原典の文脈は、抽象的な「真実を愛そう」という話ではありません。モンテーニュが公的な交渉や政治的な仕事の中で、自分がなぜ率直なやり方を選ぶのかを語る場面です。

交渉で「自分を偽らない」ということ

モンテーニュは、交渉する人々が相手に合わせて意見を調整し、慎重に本心を隠すことがあると述べます。それに対して、自分はむしろ自分の意見をそのまま示すタイプだと語ります。

巧妙な交渉人ではない。むしろ未熟で、案件を成功させるために自分自身を裏切るくらいなら、案件のほうを失うことを選ぶ。その率直さが、結果として相手から信用されることもあったと振り返っています。

そこで出てくるのが「率直さと純粋な真実は、どんな時代にも通用する」という一節です。

「真実なら何を言ってもいい」ではない

この文章を、思ったことを何でも口にすればよいという意味に読むのも適切ではありません。モンテーニュが重視しているのは、自分の利益のために言葉を偽装しないことです。

実際、この章では公的な務め、利益、正しさ、政治的な駆け引きの複雑な関係を考えています。単純な処世訓ではなく、複雑な社会の中で、自分自身をどこまで取引材料にしてよいのかという問題なのです。

「自分自身に属する」とつながる

この一節も、モンテーニュの他の言葉とつながります。「他人には自分を貸し、自分自身にだけ自分を与える」「世界で最も偉大なことは、自分自身に属すること」。

社会の中で生きれば、交渉も妥協も必要になります。しかし、成功するために自分の言葉と自分自身を完全に切り離してしまえば、最後には何が自分なのか分からなくなる。

モンテーニュの率直さは、単なる性格ではなく、社会へ参加しながら自分自身を失わないための方法として読むことができます。

まとめ

「純朴と純真な真実とは、いかなる時代においても時と場を得る」という流通文には、『エセー』第3巻第1章に対応する真正な文章があります。

しかし原典は、SNS時代の情報リテラシーや一般的な「正直でいよう」という話ではありません。

利益のために自分自身を偽装しないこと。その率直さが、ときに信用を生むこと。モンテーニュは政治と交渉の現場を経験した人間として、その難しさを語っています。