朝永振一郎「ふしぎだと思うこと、これが科学の芽」|1974年の色紙と科学する心

「ふしぎだと思うこと、これが科学の芽です。よく観察してたしかめ、そして考えること、これが科学の茎です。そうして最後になぞがとける、これが科学の花です」。物理学者・朝永振一郎の言葉です。科学の進め方を植物の成長にたとえた、やさしく覚えやすい文章ですが、これは単に後世の名言集で生まれたものではありません。

筑波大学によれば、1974年11月6日、京都で開催された三人のノーベル物理学賞受賞者による座談会で、朝永が京都の子どもたちへ向けて書いた色紙が出典です。色紙は現在、京都市青少年科学センターの所蔵資料とされています。今回は実際の作成事情と、その後の教育活動への継承を紹介します。

1974年11月6日、京都の子どもたちへ書かれた色紙

筑波大学公式「『科学の芽』賞」の沿革には、この言葉が書かれた場面が具体的に記録されています。1974年11月6日、国立京都国際会館で「ノーベル物理学賞受賞三学者 故郷京都を語る」という座談会が開かれました。登壇したのは湯川秀樹、朝永振一郎、江崎玲於奈の三人です。

主催者から「子どもたちに向けた言葉を」と求められ、朝永が色紙に書いたのが、科学の「芽」「茎」「花」にたとえたこの一節でした。色紙は京都市青少年科学センターの所蔵と明記されています。筑波大学の刊行物『もっと知りたい!「科学の芽」の世界』の巻頭にも、この色紙の図版と作成事情が紹介されています。

したがって、人物・作成日・場所・媒体・現在の所蔵先を、主催事業を引き継ぐ大学の公的資料で確認できたことになります。本人が別の日の講演で言ったと推測したり、著書の一節だとする必要はありません。出典状態は「原典確認済み」です。

言葉の表記は「思う」「想う」など、流通時に揺れがある

京都市青少年科学センター所蔵の色紙として大学関係資料や福島県立医科大学が掲げる表現では、冒頭は「ふしぎだと思うこと」、末尾は「科学の花です」などと書かれています。旧記事の本文もおおむねこの形です。

一方、筑波大学附属学校教育局の別の刊行案内には「ふしぎだと想うこと」とする表記も確認できます。さらに「花」を平仮名の「はな」とする紹介例もあります。媒体によって文字の置き方や改行が異なることに注意し、一つのウェブ掲載を色紙の唯一の正式な翻刻とは断定しません。

原物の文字を一字一句厳密に校合するには、所蔵先による色紙の画像や正式な翻刻を参照する必要があります。今回の出典確認は、大学が保存・紹介している作成記録と公開の図版、複数の公的掲載を照合した範囲です。

第一段階:「ふしぎだと思うこと」は、答えを知らない自分を認めること

科学に近づく入口は、知識をたくさん覚えることだけではありません。いつも見ているものについて「なぜだろう」と立ち止まることがあります。植物の葉がある方向へ向くのはなぜか、同じような形の紙でも飛び方が違うのはなぜか。そうした疑問を持つことが、次の調べ方を探す出発点になります。

「分からない」と気づくことは、恥ずかしいことではありません。むしろ、何をまだ知らないのかを言葉にできると、必要な観察や資料を選びやすくなります。

ただし、「ふしぎだ」という直感だけで、ある説明が真実だと決まるわけではありません。驚くことは始まりであって、答えではない。この区別が次の「茎」につながります。

第二段階:「よく観察してたしかめ、そして考える」

朝永の文章では「観察」「確かめる」「考える」が続きます。これは、何かを不思議に思ったとき、最初に浮かんだ説明だけで納得せず、実際に何が起きているかを確かめる姿勢として読めます。

例えば、紙飛行機の飛び方の違いを調べるなら、紙の厚さを変えた場合、折り目を変えた場合、投げ方を変えた場合を区別します。ある条件で何度も試して同じ傾向が見られるのか、それとも偶然の結果なのかを考えます。

ただし、現実の科学はいつもきれいな三段階で進むわけではありません。実験から新しい疑問が生まれることも、最初の仮説が崩れてやり直すこともあります。観察と理論の検討を何度も行き来しながら、少しずつ説明の確かさを高めていくのが一般的です。

第三段階:「最後になぞがとける」——解けない場合も研究になる

言葉の結びは、問いに取り組んだ末に謎が解ける喜びを花にたとえます。しかし、すべての疑問に必ず答えが見つかるわけではありません。調べ方を工夫しても、まだ分からないことが残る場合もあります。

それでも、何が分かって何が分からないかを整理し、新しい問いを見つけること自体に価値があります。失敗した実験や予想と異なる結果も、条件を明確にすれば次の調査の出発点になることがあります。

子どもたちへこの言葉を伝えるときも、いつも立派な結論にたどり着かなければいけない、と圧力をかけるのではなく、問いを持ち、調べ方を考え、確かめる過程を尊重したいものです。

2006年から続く筑波大学の「科学の芽」賞

この色紙は、子どもたちの学びへ実際につながっています。筑波大学は2006年の朝永振一郎生誕100年を記念して、朝永の言葉を名称に用いた「科学の芽」賞を開始しました。小学生から高校生までを対象に、身の回りの自然や科学について発見した疑問を、観察・実験・考察の形でまとめる活動を支援しています。

大学は受賞作品を『もっと知りたい!「科学の芽」の世界』シリーズとして刊行しており、筑波大学附属学校教育局の公式ページでも受賞作と教員からのコメントが紹介されています。

さらに2026年には、受賞作をもとにした絵本シリーズが講談社から刊行されています。例えば、三本脚のものが倒れにくい条件を調べる小学生の自由研究など、日常の疑問から始まった具体的な探索が作品になっています。色紙は飾られた名言のままで終わらず、長い教育活動の名前と方法につながりました。

大人にとっても「ふしぎ」を持ち続けることはできる

科学の芽は学校の理科だけにあるわけではありません。仕事の現場でも、「なぜこの作業が必要なのか」「どうして同じミスが繰り返されるのか」と問うことで、慣れた方法の前提を見直せます。

ただし、質問しただけで答えが見つかるわけではありません。データを集め、関係者の話を聞き、原因と結果を分けて考える必要があります。自分に都合のよい説明だけを採用しないことも重要です。

また、他人の専門知識を疑うことと、根拠のない思いつきだけで判断することは同じではありません。なぜそう言えるのか、どの証拠で確かめたのかを尋ね、必要に応じて専門家や公的資料を参照することが、問いを深めるために役立ちます。

小さな疑問を育てる方法

  • 気づいた疑問を一文で書く。何が「ふしぎ」なのか、できるだけ具体的にする。
  • 観察する対象と条件を決める。比べられるものがあれば、一度に変える条件を増やしすぎない。
  • 結果を記録し、予想と違った部分も残す。うまくいかなかったことを消さない。
  • 分かったことと未解決のことを分け、次に何を調べるか考える。

これは朝永が色紙に書いた正式な手順ではなく、「芽・茎・花」を現代の学習に応用するために当サイトが整理したものです。実験の内容によっては安全管理や大人の指導が必要なことにも注意してください。

まとめ:1974年の色紙から、今も続く学びへ

朝永振一郎の「科学の芽・茎・花」の言葉は、1974年11月6日に京都で行われた三人の物理学賞受賞者の座談会を機に、子どもたちへ向けて書かれた色紙に由来します。京都市青少年科学センターの所蔵という形で、資料の来歴と保存先を確認できます。

「ふしぎ」を持つこと、観察して確かめること、考え続けること。それらが大きな発見へつながる可能性を、この色紙は短く表現しています。筑波大学の「科学の芽」賞へ引き継がれてきたように、何かを不思議に思う気持ちを大切に育てるための言葉として読みたいものです。

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