升田幸三「踏まれても叩かれても、努力すれば実を結ぶ」の出典|内弟子時代と新手一生

はじめに|升田幸三の「踏まれても叩かれても」は本物か

「踏まれても叩かれても、努力さえしつづけていれば、必ずいつかは実を結ぶ」。昭和の将棋界を代表する棋士、升田幸三の言葉として知られる一節です。苦しい下積みの時期にも、自分の道を諦めずに進む姿を連想させます。

ただし、この一文が升田本人のどの手記・インタビュー・書籍の何ページにあるかは、今回も特定できませんでした。本人の人生に合うという理由だけでは、そのままの言葉を語った証拠にはなりません。

一方、東進の人物記事はこの一節を内弟子時代の信念として紹介しており、出版社や学術書誌データベースから実際の内弟子生活を扱う書籍を確認できます。流通句の出所を探る手掛かりと、史実として確認できる経歴を区別して読み解きます。

東進の人物記事が示す「内弟子時代」の手掛かり

東進の「升田幸三の名言」ページには、今回の一節が本人の言葉として載っています。同ページでは、木見金治郎に師事していた内弟子時代に残したものと伝えられているという趣旨で説明されています。

また、名言ナビにも、同じ一節が升田幸三の名義で掲載され、内弟子時代の信念と紹介されています。複数のサイトで同じ説明が見られますが、サイト同士が同じ情報源を参照した可能性もあるため、独立した複数の証言と即断できません。

東進の記事には、正確な発言日や原稿の掲載雑誌、内弟子時代の手記の書誌などは示されていません。本人の名言として紹介されている事実と、升田自身がその文言を記したという証明は別です。出典タグの「要検証」は維持します。

日本将棋連盟刊『升田幸三物語』に内弟子生活の章がある

CiNii Booksの書誌によれば、東公平著『升田幸三物語』は1996年3月に日本将棋連盟から刊行されました。目次には「木見八段の内弟子に」「内弟子生活の哀歓」などの項目が確認できます。

この構成から、升田の若い頃の暮らしや将棋の修業を掘り下げる資料だと分かります。名言が内弟子時代のものという説明を調査するなら、具体的に確認する価値のある書籍です。CiNiiの書誌には、主な参考文献や対局記録を収録していることも記されています。

ただし、今回は書籍の該当章の本文を直接読めていません。「内弟子生活の哀歓」という章があることと、その章に「踏まれても叩かれても」という言葉が載ることは別です。書名だけで典拠を確定したように扱うことはしません。

本人自伝『名人に香車を引いた男』も原典候補

中央公論新社の公式書誌には、升田幸三著『名人に香車を引いた男――升田幸三自伝』の文庫版が掲載されています。2003年8月刊のこの本は、少年時代から名人位を獲得するまでの半生を本人の語りとして収めた著作です。

内容紹介では、棋士を志した少年が家を飛び出し、困難を経て木見門下へ入門したことが示されています。内弟子時代の心構えを本人がどう回想していたかを確認するための候補資料と言えます。

しかし、出版社の書誌はあくまで本の紹介であり、今回の流通句の所在を示してはいません。自伝に似た思想がありそうだからといって、この一文を自伝の名言として引用するのは不適切です。必要なのは実際の本文の照合です。

升田の少年時代は、挫折と挑戦の連続だった

小学館『サライ』の2017年の記事は、升田の生い立ちをたどり、少年期に将棋の道を志したことを紹介しています。家族が反対する中で家を出て、広島でさまざまな仕事をしながら大阪を目指し、やがて木見金治郎のもとで修業を始めたという歩みです。

同記事には、内弟子に入ってからも初めは雑用が多く、将棋の勉強ができないことに不満を抱いていたという逸話があります。華やかな実績だけでなく、修業の機会を思うように得られない時期があったことが分かります。

こうした歩みは、努力が実を結ぶという流通句の解釈に似合います。しかし、その逸話が「踏まれても叩かれても」という一句を生んだと断定できる資料ではありません。人生の背景と名言の初出を無理に結びつけないことが重要です。

「新手一生」は、ただ耐えるだけの将棋ではない

升田は、既存の定跡をなぞるだけでなく、新しい指し方を研究する棋士としても語られています。『升田幸三物語』の内容紹介にも、「新手一生」を掲げて将棋界で活躍した人物として描かれています。

この点に注目すると、努力とは同じことを長時間繰り返すことだけではありません。盤面を見直し、手を考え、既存の考え方へ疑問を持つことも努力です。耐える力と、新しい方法を生み出す力の両方を升田の棋士像から考えられます。

また新しい戦法を考えれば、必ず勝つという保証もありません。試すことには失敗の可能性が含まれます。成果を保証された努力より、何ができるか分からない課題へ挑戦する姿勢に独創性が表れるのかもしれません。

大山康晴との関係と「努力が実る」の捉え方

升田が活躍した時代には、同門の大山康晴との激しいライバル関係がありました。Number Webの記事は、両者が木見道場で過ごした時代や、その後の競争について紹介しています。二人は同じ世界を目指しながらも、生活や修業の仕方が異なっていたという記述があります。

勝負の世界では、一方が勝てばもう一方は負けることがあります。両者が熱心に研究しても、すべての対局で双方が望む結果を得られるわけではありません。努力を続ければ必ず勝つという因果関係に単純化しないことが重要です。

歴史上の升田の偉業を理解するには、結果だけでなく、新しい指し方を模索した過程にも目を向けたいところです。「実を結ぶ」を勝利の保証とするより、挑戦し続ける価値を強調する言葉として読む方が現実的です。

日常生活では、努力の方向を見直す勇気も必要

仕事や学習でも、何年も同じ方法を続けているのに進歩が見えないことがあります。そんなときは、ただ我慢するのではなく、何を身につけたくて何を試しているのかを考え直すのが役立ちます。

一つの技術を磨くためには反復が必要ですが、教え方や教材、周囲の環境を変える方が前へ進める場合もあります。続けることと、やり方を変えないことは同じではありません。

また、いつまでも耐え続ける必要のない状況もあります。不当な扱いを受けたり、心身の健康を損なったりしているなら、環境を変える判断が大切です。努力を尊重する言葉を、誰かに無理を強いる理由にしないことも忘れたくありません。

出典判定とまとめ|内弟子時代の説明はあるが元の文章は未照合

判定:升田幸三の言葉として東進や名言ナビで流通し、内弟子時代の信念と紹介されている。ただし発言日・手記・書籍内の逐語的な掲載位置は確認できず、一次原典は要検証。似た表現の伝承を本人の確定した発言に格上げしません。

今回の主な資料は東進の人物紹介、CiNii Booksの『升田幸三物語』書誌、中央公論新社の本人自伝書誌、『サライ』の記事、Number Webの升田・大山比較です。名言の流通、書誌、人物史を別々の根拠として紹介しています。

本当に調べたいのは、現在の流通句がどこから生まれたかです。今後『升田幸三物語』や本人自伝の本文で一致する一節を確認できれば、情報を更新できます。それまでは、出所の分からない短句を無理に断定せず、将棋への挑戦を伝える確かな資料へつなぐ方針です。出典ステータスの読み方と監査索引も参照できます。

ほかの記事を探す

記事の訂正・出典情報は、お問い合わせから該当記事のURLと根拠資料をお知らせください。