黒田博樹「苦しまずして栄光なし」の出典|高校卒業アルバムと母から受け継いだ言葉

はじめに|黒田博樹の言葉は本当に残っているのか

「苦しまずして栄光なし」。広島東洋カープやニューヨーク・ヤンキースで投げた黒田博樹の言葉として紹介される短い一節です。大きな記録の裏側には厳しい練習がある、という意味で引用されますが、以前の記事では本人がいつどこで使った言葉なのかを確かめられていませんでした。

今回の再調査では、具体的な記録へたどり着きました。『週刊ベースボール』編集部による2016年11月10日の記事は、黒田の母校である上宮高校へ取材に行き、卒業アルバムの寄せ書きに本人の名前とともにこの文言が残されていたと報告しています。

これは名言紹介サイトによる出典不明の転載とは異なる、資料調査に基づく報告です。一方、卒業アルバムの原本や鮮明な写真をこちらで直接照合したわけではありません。証拠が強くなったことと、原本確認が完了したことを分けながら、言葉の来歴を読み解きます。

週刊ベースボールが確認した、高校卒業時の寄せ書き

『週刊ベースボール』の「黒田の座右の銘は高校時代に遡る」は、2016年刊行の引退記念号に関連して上宮高校を取材した編集部の記事です。その中で、高校時代の寄せ書きには「苦しまずして栄光なし 黒田博樹」と記されていたと明示しています。発行日と調査先が分かる点は、帰属を判断する重要な手掛かりです。

黒田は上宮高校に1990年に入学し、在学中は控え投手として厳しい競争の中にいました。編集部の取材記事によると、2年生時の新チームで背番号17をつけ、最後の夏は大阪大会5回戦で敗退しています。高校卒業時の言葉は、後年のプロでの栄光をすでに手にした人物の後付けの感想ではありません。

ただし、この言葉を「黒田が創作した」と言う根拠はありません。卒業アルバムの記録から確認できるのは、黒田が自分の名前とともにその言葉を書き残したと取材媒体が報じていることまでです。誰が最初に言い始めた表現なのかという問題は別に残ります。

母親から贈られた言葉だったという証言

2015年4月23日公開の『アサ芸プラス』の記事は、上宮高校時代の黒田を知る同級生や監督の回想を紹介しています。そこでは、厳しい練習に耐えていた息子へ、母の靖子さんが「苦しまずして栄光なし」という言葉を与えたと記されています。

この記事の説明と卒業アルバムの取材結果を並べると、言葉の伝わり方が見えてきます。黒田は誰かに教えられた一節を、自分の高校時代の目標として受け止め、卒業の寄せ書きに残した可能性があります。母から伝わったという2015年の報道と、寄せ書きを確かめたという2016年の報道は、証拠の種類が異なります。

もっとも、2015年の記事に「母がいつ、どの場面で、どんな語調で語ったか」という録音や直接談話が掲載されているわけではありません。また、黒田の母親がこの格言を初めて考案したとも書かれていません。母の教えと本人の寄せ書きは確認できる報道内容であり、言葉の起源そのものの断定ではないと整理します。

「耐雪梅花麗」と、似ているが異なる二つの言葉

黒田の座右の銘として、より広く知られているのが「耐雪梅花麗(雪に耐えて梅花麗し)」です。梅は冬の寒さを経て花開く、という比喩を通じて忍耐を表す言葉で、西郷隆盛の漢詩に由来すると紹介されています。2015年4月24日付の『日刊スポーツ』でも、黒田の座右の銘として取り上げられています。

2016年7月23日、黒田が日米通算200勝を達成した際には、カープのチームメートが「耐雪梅花麗」と書かれた祝福Tシャツを着用しました。『デイリースポーツ』の当日の報道が、この出来事を記録しています。黒田の歩みを象徴する標語として、チーム内でも共有されていたことが分かります。

しかし「耐雪梅花麗」の文字列と「苦しまずして栄光なし」の文字列は同じではありません。前者を意訳すると後者に近い意味になりますが、一方の出典を示しただけで、もう一方の逐語的な出典を証明したことにはなりません。今回重要なのは、卒業アルバムについての別の取材記事が「苦しまずして栄光なし」という形を明示している点です。

本人の著書と第三者の評伝を混同しない

黒田の著書『決めて断つ』は、ベストセラーズの出版社情報によると2015年3月21日刊です。カープ復帰を決めるまでの葛藤を扱う本で、黒田本人の著書が実在することと刊行日は確認できます。ただし今回、同書の本文中に該当の一節があるページまでは確認していません。

RNC西日本放送の畠山伶アナウンサーのプロフィールでは、好きな言葉としてこの短句が挙げられ、その出どころを『決めて断つ』と説明しています。これは読者による著書への言及であり、書籍本文の引用箇所を直接照合したこととは異なります。本文ページを確認できるまでは、同書を当該一句の原典として断定しません。

また、迫勝則著『黒田博樹 1球の重み』(宝島社、2016年1月刊)の目次には、第2章の題として「苦しまずして栄光なし」が載っています。ただし著者は黒田本人ではなく迫勝則です。第三者の評伝の章題が一致することも流通の裏付けですが、黒田本人による発言の直接記録としては、卒業アルバムを取材した報道の方が明確です。

一球ごとの努力をどう受け止めるか

高校時代の黒田は、つねに中心選手だったわけではありません。控え投手として練習し、甲子園の舞台に届かなかった時間が、後の野球人生と地続きになっています。ただし「高校時代に苦しんだから必ず大投手になった」という因果を、後から単純に決めることはできません。努力の過程と成功の結果を、安易な必然関係として結びつけないことも大切です。

つらい練習がすべて良い練習になるわけではありません。けがや過度の負担があれば、選手は回復や練習内容の見直しを必要とします。「苦しまずして栄光なし」を痛みを我慢すること自体が目的だ、という命令として使うのは危険です。

むしろ、一つの目標のために必要な準備を積み重ねる姿勢を考えるきっかけにしたいところです。練習内容を改善する、仲間や指導者から学ぶ、休むべきときに休む。困難に向き合うことと、苦痛を無条件に美化することは違います。

出典の判定とまとめ|本人の寄せ書きを示す取材記録がある

現在の判定:本人の高校卒業アルバムに同文が記されていたという編集部の現地取材記録を確認。「誰かの名言として広まっている」段階から一歩進みました。ただし、寄せ書きの原本写真や原資料そのものをこちらで直接確認できていないため、現段階の出典タグは「要検証」とします。初出の創作者まで確定したという意味でもありません。

記録の中心は『週刊ベースボール』2016年11月10日「黒田の座右の銘は高校時代に遡る」です。母から贈られたという経緯には『アサ芸プラス』2015年4月23日、座右の銘との関係には『日刊スポーツ』2015年4月24日を参照しました。どの資料が何を裏付けているかを区別して読むことが重要です。

今後、上宮高校の卒業アルバムの該当寄せ書きを直接確認できれば、文言、署名、掲載位置についてもう一段確度を上げられます。現時点では裏付けの強さと未検証の範囲を明示したうえで、出典ステータスの読み方や出典監査索引に接続し、黒田本人が記したと報じられた言葉の来歴を、過不足なく伝える形にしました。

ほかの記事を探す

記事の訂正・出典情報は、お問い合わせから該当記事のURLと根拠資料をお知らせください。