「できると思えばできる」はピカソの名言?|英語流通句と古い類似表現を検証

はじめに|「できると思えばできる」はピカソの名言なのか

「できると思えばできる。できないと思えばできない。これは揺るぎない絶対的な法則である」。この言葉はパブロ・ピカソの名言として日本語の学校通信や書籍紹介で使われています。しかし、ピカソ本人がいつ、どの言語で、どの作品や取材の中で語ったのかを示す一次出典は確認できません。

調査で重要なのは、似た意味の言葉が他の人物名義でも、もっと古い資料でも見られることです。ただし、二つの文が似ているからといって、一方がもう一方の原典だと即断できません。「流通する英語の形」「過去に記録された近い表現」「本人への帰属」を分けて考えます。

この言葉が励ましとして役立つことと、その作者がピカソだと証明されていることは別です。むしろ「心の持ち方がすべてを決める」という断定をそのまま受け取ると、努力してもうまくいかない人に過度な責任を負わせかねません。出典の不確実性と、意味の限界を同時に示すことが本記事の目的です。

英語では「He can who thinks he can…」という長い形で流通する

英語圏では「He can who thinks he can, and he can’t who thinks he can’t.」に続いて、「This is an inexorable, indisputable law.」と述べる文が、ピカソ名義で紹介されています。例えば『The Christian Science Monitor』2012年10月25日付のピカソ語録に、この形で掲載されています。2012年には英語でもピカソ名義の引用が流通していたことは確認できます。

日本語でも、PHP研究所の2022年6月の解説記事がこの英文を示し、条件を表す日本語の「ば」から安易に成功を保証する解釈へ飛躍しないよう注意しています。英語の「He can who thinks he can」は、「自分にはできると考える人はできる」という趣旨で、信じた瞬間に現実が必ず変化するという実験結果を意味してはいません。

もっとも、2012年の語録も2022年の記事も、ピカソの著作名・インタビュー日付・ページを特定した一次出典そのものではありません。作品数や人生の逸話を付け加えても、文の真正性は裏付けられません。翻訳された英語の形があることと、ピカソ自身の原語発言に到達できたことを混同しません。

日本語では学校通信や読み物にも広がっている

千葉県立柏中央高等学校の2023年10月13日の校長による「今日のひとこと」では、ピカソの言葉とされる日本語が紹介されています。学校生活で挑戦を促す表現として受け止められた具体的な例であり、意味の説明も添えられています。

さらに、2020年に公開された2014年12月1日付の学級通信の転載にも、ピカソ名義のほぼ同じ日本語があります。こちらは2020年のネット公開を直接確認できる資料で、学級通信の元の発行日については転載者の説明に基づきます。流通が少なくとも近年に限られた一度きりではないことを示しています。

こうした教育現場での引用は、読み手がどのように言葉を使ったかを理解する助けになります。しかし、学校の公的なページだからといって、昔の海外の画家の発言が公式に認証されたわけではありません。掲載媒体の信頼性と、その媒体が引用の出典を直接確認しているかどうかは別の問題です。

1914年には類似する表現が野球監督の発言として記録されている

引用研究サイトQuote Investigatorによる2015年の調査は、米国の新聞や雑誌で流通した似た格言を古い順に検証しています。そこでは1914年の『The Pittsburgh Press』に、野球監督Del Howardの発言として「できると思えばできる、できないと思えばできない」という趣旨の英文が現れると紹介されています。少なくともこの発想自体は、ピカソ名義の2012年の掲載よりはるか以前の印刷例が報告されています。

ただし、Quote Investigatorが中心的に追っているのは、「そう考えているなら、どちらにしても正しい」というヘンリー・フォード名義の有名な別形です。1914年の言葉がピカソ名義の長い文と逐語的に同じだ、と述べているわけではありません。とくに「揺るぎない絶対的な法則」と続く後半部分の出所は、ここからは分かりません。

同じ調査には、1905年の教育関係の講演集で、できると信じることとできないと思うことを対比した表現も記録されています。これはさらに古い近接例ですが、ピカソの文の創作経路を直接示すものではありません。「先に似た考えがあった」という発見を「ピカソは誰かから盗んだ」という物語に変えないのが適切です。

1940年の標語、1947年のフォード帰属との違い

Quote Investigatorによると、1940年の米国アイオワ州の大学フットボールチームのロッカールームには、「できると思えばできる、できないと思えばそのとおりだ」という趣旨の標語が記されていたという新聞報道があります。「自信」と「結果」を結び付けた短い格言が、スポーツの場でも流通していたことを示す例です。

1947年9月の『Reader’s Digest』には、これに近い短い形の言葉がヘンリー・フォード名義で掲載されました。Quote Investigatorはその紙面を確認していますが、同誌はフォード本人がいつ発言したかを示していないため、帰属に不確実性が残るとしています。フォードは1947年4月に亡くなっており、名義の掲載はその死後です。

ここでピカソの名を外したあと、何でもフォードの言葉に置き換えるのは誤りです。二人の名前で流れる言葉には、語句も、続く「法則」の文も違いがあります。フォードへの帰属の確度とピカソの文の作者は、それぞれ別々に検証しなければならないのです。

「絶対的な法則」を、心の科学的な事実と取り違えない

「できると思えばできる」という響きは、挑戦の前に自信を持つことの大切さを伝えます。けれども、できると信じても技術・時間・体力・機会が足りず、思った結果に届かないことはあります。本人の確信だけで結果が決まるという普遍的法則が証明されたわけではありません。

逆に、「できない」と決めつけた人が挑戦を避ければ、成功するための経験を得にくくなることは考えられます。ただし、それも行動の一因であって、他の条件が不要になるという意味ではありません。気持ちと行動が関係するという解釈にとどめ、誰かの努力不足を決めつけないのが大切でしょう。

例えば英語学習が苦手でも「少しなら上達できる」と考えれば、毎日の短い練習に取り組むきっかけになるかもしれません。一方、体調や環境の制約があるときは、達成までのペースを変えたり、援助を求めたりする方がよい場合もあります。自信は万能の鍵ではなく、行動の選択肢を広げるための一つの材料です。

実生活で使うなら「できる」と言い切るより、試して確かめる

新しい挑戦を前にしたとき、「絶対できる」と言い聞かせるのがしんどい人もいます。そんなときは「今はできないが、小さく試してみよう」から始めても十分です。気合いのある言葉を唱えられることより、学ぶ機会を自分で閉じないことが役立ちます。

企画や制作の仕事でも、できるかどうかは実際に試すことで見えてきます。十分な準備をしたら最小単位で実行し、結果を記録し、方法を変える。そうすれば、考え方の強さだけに頼らない改善ができます。見込みを立てて、検証し、修正するという行動に置き換える方が、格言を無理なく活用できます。

それでもうまくいかなかったとき、「自分が信じなかったから失敗した」と結論づける必要はありません。見通しが甘かったのか、方法が合わなかったのか、支援が不足していたのかを別々に考えます。挑戦する勇気と、現実を点検する冷静さの両方を持つことが、ここから導ける実践的な教訓です。

出典判定とまとめ|ピカソ本人の逐語発言としては未確認

判定:ピカソ名義で日本語・英語の流通例がある一方、本人の著作・インタビュー等に結びつく一次出典は未特定です。英語の長文は2012年の語録にも見られます。似た主張は1914年など、古い別文脈でも記録されていると引用研究が報告していますが、同一文章の初出やピカソへの伝達経路を示すものではありません。タグ「要検証」を維持します。

確認した主な資料は、『The Christian Science Monitor』2012年のピカソ語録、PHP研究所の表現解説、千葉県立高校での日本語掲載例、Quote Investigatorの別形の流通史研究です。それぞれが示す情報の射程を区別し、一次原典が確定したかのように説明しません。

引用に人物の名前が付いていると、その人の生き方から証明された真理のように見えます。しかし、大切なのは有名人の名前を借りずに、言葉を吟味できることです。「できる」と信じることを行動の助けとしながら、結果のすべてを本人の心の持ち方だけに帰さない。その読み方なら、出典が未確認でも考える価値を残せます。詳細は出典ステータスガイドと出典監査索引をご覧ください。

ほかの記事を探す

記事の訂正・出典情報は、お問い合わせから該当記事のURLと根拠資料をお知らせください。