はじめに|「問題を解く」より「問題を見つける」は本人の言葉か
「問題を解くことは重要である。しかし、問題を発見することはもっと重要である」。この言葉は数学者・秋山仁の名言として流通しています。今回、2008年に秋山本人が答えたインタビューと、2013年に秋山自身が執筆した教育論に、よく似た主題を本人が明確に述べていることを確認しました。
ただし、現在名言として紹介されるこの二文と、2008年・2013年の文章は、表現が完全には同じではありません。思想の本人確認と、短い格言の一字一句の真正性は別です。
2008年の取材は発想力をテーマにした質疑応答で、2013年の文章は教育の改革を論じた本人寄稿です。いずれも秋山仁本人の考えに接近できる資料ですが、流通する短い二文の逐語的な初出を示したものではありません。短い表現が便利だからこそ、この差を明確にします。
2008年の本人インタビューで語る「発見する能力」
講演依頼.comが2008年8月27日に公開した秋山仁へのインタビューでは、知識を覚えることと、自分で問いを立てて知恵を働かせることを分けています。その中で秋山は、科学技術の歴史を動かしてきたのは、すでにある問題を解く力以上に、まだ知られていない問題を発見する能力だと説明しています。
ここでは、日々の出来事に「不思議だ」と感じて立ち止まり、疑問を持てる感性の重要性が語られています。本人の質問と回答が掲載された取材であることが、単に名言一覧に掲載される場合と異なります。
一方、インタビューの中に対象の定型句が、句読点まで同じ二文として書かれているわけではありません。本人が同じ趣旨を語ったことは確認できたものの、流通する短句の逐語出典は未特定という判定が適切です。
2013年の本人寄稿では「良質な問い」を重視
朝日新聞の論座アーカイブで公開された2013年の秋山仁による文章では、日本の教育で記憶力中心の学習を重視しすぎず、試行錯誤しながら自分で考える学習へ改めることを提案しています。
特に、既存の問題を解く能力だけでなく、未開拓の分野につながる疑問を抱き、価値のある課題を見つける能力を養うべきだと論じています。こちらは本人の署名による提案であり、近い思想を理解するうえで強い根拠になります。
ただし、教育政策への提案がそのまま名言の最初の発言場面であったことを示すものではありません。2008年のインタビューと2013年の寄稿は別の資料として扱います。
2008年の「知識のダム」と「発想の泉」の比喩
2008年の『講演依頼.com』本人取材では、知識を蓄えることをダム、発想を生み出すことを泉にたとえ、記憶した情報量と応用できる知恵を分けて論じています。情報を集めることは大切でも、そこから何を不思議に思い、何を試すかが次の段階になるという説明です。
同じ取材では、テレビが映ることを当然と受け止めず、デジタル放送とアナログ放送の違いを自分の言葉で説明できるかという例も挙げられています。日常の「当たり前」を問い直すところから、問題を発見する力を磨けるという本人の趣旨が読み取れます。
ただし、この比喩を「基礎知識を学ばなくてよい」と受け止めるのは行きすぎです。秋山も取材で知識の価値そのものを否定してはいません。覚えた知識を使って考えることと、疑問を発見して学び直すことを往復する方向で読むのが自然です。
2013年の本人寄稿|『ドラえもん』の問いと正解のない問題
秋山仁が2013年3月2日に『論座』へ寄稿した文章は、「ドラえもんはなぜ生物と認められないのか」と題されています。麻布中学校の入試問題を手掛かりに、答えを一つ暗記するだけでは対処できない問いについて考察しています。
秋山は、そうした問いへ向かうときに、どこから考え、どう分析し、理由を組み立てるかが大切だと述べています。結論だけを採点するのではなく、観察や推論、説明の過程を重視する議論です。答えを知っているかより、どんな問いを立て、筋道をつけて考えるかへ目を向けています。
この寄稿の末尾では、実験や観測、ものづくり、討論などの経験とともに、良質な問題や課題を見つける力を育てるべきだという提案が記されています。本人による2013年の教育論として確認できますが、冒頭の定型句を初めて述べた場面だとは断定しません。
数学で問題を発見するとは、どういうことか
教科書に答えのある問題を解くときは、与えられた条件を読み取り、計算し、論理的に考える力が必要です。一方、研究では、何がまだ分かっていないか、何を明らかにするべきかを考える段階があります。問いの設定が変われば、調べる方法や必要な知識も変わります。
しかし、「問題を解くより発見の方が重要」という表現を、解法を学ぶことや基礎知識は不要だという意味に変えてはいけません。秋山の教育論でも、自分で問いを立て、その解決を目指して考える営みが大切にされています。問題の発見と解決は、対立する二者ではなく行き来する活動です。
仕事でも、依頼された解決策を急いで実行する前に、本当に困っていることは何かを尋ねると課題の見え方が変わる場合があります。ただし、これは当サイトの現代的な応用であり、秋山が特定のビジネス手法を推奨したことの証明ではありません。
毎日の仕事や学びで「問いを見つける」方法
普段の仕事でなら、誰かから頼まれた作業に着手する前に「何を改善したいのか」「なぜ今この作業が必要なのか」を確かめてみる方法があります。与えられた解法を速く実行する前に、課題の設定が適切かを考えることです。
学習でも、例題を解いたら終わりにせず、「どの条件を変えると答えは変わるか」「なぜこの方法が使えるのか」と問いを作ることができます。自分で小さな疑問を立てることが、次の理解へ進む入口になる場合があります。
ただし、現実には安全性や締め切りのために、まず定められた手順を正確に実行する方がよい場面もあります。問題の発見と問題の解決は優劣だけで選ぶものではなく、状況に合わせて組み合わせる活動です。ここまでの例は当サイトによる実践的な解釈です。
まとめ|趣旨は本人の発言・寄稿で確認、定型句は未照合
「問題を解くより発見することが重要」という考え方は、2008年の秋山仁本人への取材と、2013年の本人執筆の教育論で確認できます。少なくともこの発想が本人のものとして説明されていることには、名言サイトより強い裏づけがあります。
一方、「問題を解くことは重要である。しかし…」という二文の正確な初出、最初に語られた日、全文の逐語的な掲載箇所は未確認です。出典判定は「趣旨は本人の複数資料で確認済み/流通する定型句の逐語出典は要検証」です。
確認資料:2008年の秋山仁本人インタビュー、2013年の秋山仁本人の寄稿。関連する別記事として秋山仁「努力は報われず正義は滅びる」の出典調査もあります。出典の判定区分は出典ステータスの説明をご覧ください。