安藤百福「明日になれば、今日の非常識は常識になっている」|カップヌードル開発史から読む

はじめに

「明日になれば、今日の非常識は常識になっている」。この言葉は、日清食品グループの公式「安藤百福クロニクル」に安藤百福語録として掲載されています。

この言葉は「常識を破ればいい」という反抗の標語だけではありません。カップヌードルの開発史を見ると、当時の生活習慣や流通の常識を一つずつ作り替えた仕事と結びついています。

「どんぶりも箸もない」から始まった

1966年、安藤はチキンラーメンを海外へ広げるため欧米を視察しました。

現地の担当者が麺を割って紙コップへ入れ、お湯を注ぎ、フォークで食べる姿を見て、安藤は日本のどんぶりと箸を前提にした商品では世界へ広がらないと気づきます。

そこで「麺をカップに入れ、フォークで食べる」という新しい形の開発が始まりました。

発売当時、100円のカップ麺は「非常識」だった

1971年に発売されたカップヌードルは、袋麺が25円ほどだった時代に1食100円。価格だけでも従来の常識から外れていました。

さらに、立ったままカップから麺を食べること自体に抵抗感があり、店頭へ並べてもらうのも容易ではありませんでした。

そこで日清食品は、湯が出る自動販売機や銀座の歩行者天国での試食販売など、新しい販売方法も作りました。

常識は、主張だけでは変わらない

「非常識を常識へ」という言葉から、奇抜な発想だけを評価したくなります。

しかしカップヌードルが定着したのは、容器、麺の固定方法、フタ、具材、生産設備、販売場所まで具体的な問題を解いたからです。

新しい考えが常識になるには、それを日常で使える形へ落とし込む必要がある。安藤の仕事は、非常識を叫ぶことより、非常識だったものを実用化する作業でした。

変化へ「対応」するのではなく、変化を作る

同じ公式クロニクルには、安藤百福語録として「時代の変化に対応するのではなく、変化をつくり出せ」という言葉も掲載されています。

二つを並べると、「非常識」は単なる奇抜さではありません。人の行動や市場の前提そのものを変えるほどの新しい価値を作ることが目標になります。

まとめ

「明日になれば、今日の非常識は常識になっている」は、日清食品グループが公式に掲載する安藤百福語録です。

カップヌードルの歴史と合わせると、常識を破ること自体を称える言葉ではありません。新しい価値を、技術・商品・販売方法まで含めて実用化し、日常の側を変えるという仕事観が見えてきます。

出典メモ:日清食品グループ「安藤百福クロニクル」。

安藤百福の人物ページへ → チキンラーメン、カップヌードル、需要発見、顧客の時間、発明と執念を公式資料からまとめて読めます。

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