一休宗純「生まれては死ぬるなりけり…釈迦も達磨も猫も杓子も」|伝承と出典を検証

はじめに|一休宗純「生まれては死ぬるなりけり」の出典は

「生まれては死ぬるなりけり、釈迦も達磨も猫も杓子も」。一休宗純の歌として紹介されるこの一首には、偉い人にも身近な存在にも、生まれたものには死が訪れるという考えが込められています。格の違いを一度取り払って、生きることの共通条件へ目を向けるところが印象的です。

今回、駒澤大学の公開「ことわざ集」に、江戸時代の仮名草子『一休ばなし』から、この歌を引用している箇所が確認できました。単に名言サイトで一休の名を見つけた段階から、具体的な古典文学資料へ出典が前進しました。

ただし『一休ばなし』に歌が登場することと、室町時代の一休宗純本人が創作したことは同じではありません。確認できたのは江戸時代の説話にある文章であり、本人の自筆や同時代の一次記録まで確認できたわけではないという点を区別します。

駒澤大学の公開資料に残る『一休ばなし』の一首

駒澤大学の「ことわざ集」は、「猫も杓子も」という項目で、『一休ばなし』の一節を引用しています。そこには、釈迦や達磨さえ生まれて死ぬという歌が、一休が言葉を返す場面として記されています。歌だけでなく、その歌が物語の中でどう使われるかの手掛かりが得られます。

現代の名言集では「おしなべて」と表記されることが多い一方、大学の資料では「をしなべて」という歴史的な仮名遣いが引用されています。現在の流通形と古典資料の表記がすべて同じわけではない点に注意が必要です。

さらに大学の解説では、「杓子」という語について別の読み方の可能性が論じられています。しかし、これは解説者の言語学的な考察であり、原文そのものを「赤子」へ勝手に置き換えてよいという結論ではありません。資料に残る字面と後世の解釈を分けます。

『一休ばなし』は1668年刊の仮名草子

CiNii Booksの『假名草子集成』書誌では、『一休はなし』が寛文8年、すなわち1668年の刊本として記載されています。江戸時代の刊行物に一休を題材とした話が収められていたことを、作品名と刊行年代を伴う書誌で確認できます。

国立国会図書館の『仮名草子集成』第3巻の書誌には、『一休関東咄』『一休諸国物語』『一休はなし』が収録されていると記されています。原典へ直接当たるための刊本・現代校訂本の調査先を具体的に示せます。

また、静岡県立中央図書館の『新日本古典文学大系』第74巻書誌にも、『一休ばなし』の収録範囲が示されています。大学による引用をさらに検証するときには、こうした図書館所蔵の校訂本と照合する方法があります。ただし今回は現物の全頁を直接校合したわけではありません。

江戸時代の説話と、一休本人の著作を区別する

一休宗純は1394年から1481年まで生きた室町時代の禅僧です。それに対して『一休ばなし』の寛文8年刊は1668年であり、一休が亡くなった後、およそ二世紀近く経ってから刊行された作品です。

江戸時代には、一休の機知や禅の教えを題材としたさまざまな説話が書かれました。近畿大学中央図書館の一休を扱う展示解説も、後世の『一休物』に伝説や俗伝、創作が含まれることを説明しています。説話の登場人物が語った歌を、その人物自身の真筆と即断できないのはそのためです。

したがって、歌が古典籍の中で伝えられていたことはかなり具体的に示せても、誰が初めてこの歌を作ったかは別の調査が必要です。出典となる文献の所在は確認できるが、一休本人への作者帰属は要検証という二段階の判定が適切でしょう。

「釈迦も達磨も猫も杓子も」が示す無常観

釈迦と達磨は仏教や禅において特別な存在として扱われます。それを日常的な「猫も杓子も」と並べることで、この歌は生まれたものすべてに共通する死の条件を強調します。立場や地位が違っても変わらないものがあるという見方です。

「猫も杓子も」は、区別なく誰も彼もという意味で使われる慣用的な表現です。そのため、杓子が生物であると説明したり、歌を文字どおりの生物学的な主張と受け取ったりする必要はありません。言葉の遊びや対比を通して、誰もが同じ条件の下にあることを表現していると読めます。

ただし、この歌だけで歴史上の一休宗純の死生観を細部まで再構成できるわけではありません。江戸時代の説話に記された歌としての意味と、室町時代の本人の思想を証明する資料は区別して考えます。

まとめ|『一休ばなし』に掲載確認、作者帰属は未確定

「生まれては死ぬるなりけり」の歌には、駒澤大学の資料が引用する仮名草子『一休ばなし』という具体的な出典文献が確認できました。1668年刊という書誌情報や、現代の古典文学叢書の収録も確認できます。

しかし、この歌が一休本人の自作であること、もしくは一休が生きていた時代から同じ形で存在したことは、今回の資料から直接確定できません。古い文献に一休が登場することと、作者が一休であることは別です。

出典状態:出典文献確認済み(114)/一休本人の作歌は要検証(117)。主な資料は駒澤大学の「ことわざ集」、CiNii Booksの『假名草子集成』書誌、国立国会図書館の所蔵書誌です。清沢哲夫の詩と一休誤帰属を扱う記事、出典ステータスの案内も併せて参照できます。

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