稲盛和夫「動機善なりや、私心なかりしか」|第二電電設立の背景と公式フィロソフィ

公式フィロソフィに確認できる言葉

「動機善なりや、私心なかりしか」は、稲盛和夫オフィシャルサイトのフィロソフィに明確に掲載されている言葉です。

稲盛は、大きな夢を実現しようとするときには「動機善なりや」と自問し、仕事を進めるうえでは「私心なかりしか」と自分を点検する必要があると説明しています。

ここでいう「善」は、自分だけに都合がよいという意味ではありません。誰から見ても受け入れられる普遍的な良さであるか、自分の利益や格好のためではないかを問う基準として置かれています。

第二電電の設立前、半年近く自問した

この言葉が特に具体的な場面で現れるのが、1984年の第二電電(現KDDI)設立です。

稲盛和夫オフィシャルサイトの記録によれば、当時の高い長距離電話料金を下げ、国民の役に立ちたいという思いから通信事業への参入を考えました。しかし巨大なNTTを相手にする事業には大きなリスクがありました。

そこで稲盛は、通信事業へ参入する動機が本当に国民のためなのか、自分の名誉や利益のためではないのかを問い続けました。「動機善なりや、私心なかりしか」と半年近く自問し、私心がないと確信してから設立へ踏み切ったと公式資料に残されています。

結果より先に「なぜやるのか」を点検する

この言葉を単なる「善いことをすれば成功する」という成功法則にすると、少し浅くなります。第二電電の例で問われているのは、事業の結果が出る前の段階で、自分はなぜこれをやろうとしているのかを点検することです。

数字、競争、成長性を検討する前に、自分の動機に自己中心的なものが混ざっていないかを見る。稲盛の経営思想では、倫理的な問いが事業判断の外側ではなく、判断そのものに組み込まれています。

現代の仕事で使うなら

新規事業、転職、昇進、投資、組織改革など、大きな意思決定では「できるか」「儲かるか」だけでなく、「なぜ自分はこれをやりたいのか」を問う価値があります。

ただし、自分の動機を完全に純粋なものにすることは簡単ではありません。重要なのは、私心が一切ない人間になることより、私心が混ざっていないかを繰り返し点検できることだと読むこともできます。

稲盛和夫の経歴、京セラ、KDDI、JAL再建、フィロソフィをまとめて読む場合は稲盛和夫人物ページへ。

出典状態

出典確認済み。 稲盛和夫オフィシャルサイトのフィロソフィに同一の見出し・説明があり、第二電電設立時の具体的な自問の記録も公式アーカイブで確認できます。

出典状態の基準は名言の出典ステータスの読み方、ほかの監査記事は出典から名言を探すで確認できます。

出典メモ:稲盛和夫オフィシャルサイト「動機善なりや、私心なかりしか」/「第二電電(現KDDI)を設立(1984年)」。

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