井上雄彦「本当にそれは自分か」と問いかける言葉|創作と自分らしさを考える

自分に「それは本当に自分か」と問いかける

「本当にそれは自分かよ」と自分へ問いかけたとき、肯定して答えられるようでありたい――こうした趣旨の言葉が、漫画家・井上雄彦の名で引用集に掲載されている。人の期待に合わせることと、自分の考えを失うことの境界を考えさせる文章だ。しかし意味が魅力的でも、本人の発言した場所や正確な文言まで確認できたことにはならない。

今回照合した引用集の複数の流通例には、文末に「ですよね」が付くものがあり、旧記事の見出しで示していた文章とは語尾が一致しない。さらに、本人のインタビュー・原著の該当ページは特定できなかった。出典状態は要検証とし、語尾の違いも単なる誤植として片づけない。見えた資料と未確認の部分を分けて読む。

「自分らしさ」の前に、本人の創作をめぐる証言

2012年11月のCNNによる本人取材では、井上が漫画のページを開いたときに読者の目へ何が入るか、驚きや視線の動きまで考えて制作していることが紹介されている。創作の出発点が本人の内面だけで完結しているのではなく、読者の体験まで見据えられていることが分かる。

集英社『グランドジャンプ』の本人インタビューでは、『SLAM DUNK』の読者だけでなく、自らが恩恵を受けたバスケットボールへ感謝を返すため、奨学金の仕組みを考えたと語っている。本人にとって大事なことを、ほかの人の機会につながる形にする取り組みだ。自分の望みを持つことと、他人に目を向けることは対立しない。

ただし、これらは別の時期の別のインタビューであり、問題の名言の直接出典ではない。「自分らしく」と言ったからこの奨学金を作った、と因果関係をつくり出すのも避けたい。個別の事実から人生観のすべてを断定しないことが、本人の言葉を扱う際の基本である。

自分の軸と、他者への応答は両立する

自分らしさを「誰にも合わせないこと」と定義すると、仕事も創作も窮屈になる。編集者の意見、読者の感想、チームメンバーの提案は、作品を磨く手がかりになるからだ。しかし他人の要望だけを頼りに判断を続けると、自分が何を大切にしていたか見失うこともある。誰の意見を聞くかと、最後に何を選ぶかを分けることが実際的だ。

たとえば文章を直す場合、読者に伝わりにくい箇所を指摘されたら、その指摘は歓迎できる。一方、注目されるために自分の確かめていない話を断定的に書くよう求められたら、断る理由もある。他人の視点を借りつつ、自分の判断基準を失わないという考え方なら、独善にも迎合にもなりにくい。

映画『THE FIRST SLAM DUNK』の公式インタビューで井上が、連載終了後も自分の中で人物たちが生き続け、少しずつ発見があると語ったことも示唆的だ。過去に決めた形を永久の正解とせず、新たに気づいたものを大切にする姿勢が読み取れる。自分らしさとは、変わらない看板より、変化を引き受けながら判断し続けることかもしれない。これは本サイトの解釈である。

周囲に合わせることは、いつも悪いのか

人は家庭、職場、学校、友人関係の中で役割を担う。相手に合わせる行為には思いやりや共同作業に必要な調整もある。すべてを「本当の自分を偽っている」と決めつける必要はない。調整した結果でも、自分が納得して選んだなら、それは自分の判断の一部になり得る。

反対に、いつも誰かの評価で自分を測ると、うまくいっているのに苦しくなることもある。そのとき重要なのは、他人の期待を一切無視することではなく、自分が引き受けられる条件を見極めることだ。期待への応答と、自分の限界を伝えることは両立する。

目標や価値観も、一度決めたら一生変えてはいけないものではない。過去の自分の選択と現在の自分が違っても、その変化を説明できればよい。自分への問いは、固定された「本物」を発見する試験ではなく、いまの判断を確かめる機会として使える。

自分に問い直すための、具体的な場面

仕事を選ぶときには、周囲が評価する肩書きと、自分が毎日取り組みたい課題を別々に書いてみる。そのうえで家計や生活時間といった制約も考える。好きなことだけを選べない場面もあるが、自分が何を譲り、何を守るために決めるかを言語化することはできる。

ものづくりなら、流行に乗る前に「これは誰の問題を解決したいのか」「自分が説明できる根拠は何か」を確認してみる。市場の意見を聞いたうえで方向を変えるのも、自分の意思である。他人の意見を採り入れたことと、主体性を失ったことは同義ではない。

答えが出なければ、すぐに自分を責めない。迷っているときは結論を保留し、少し試してから考え直してもいい。「自分に正直であれ」という言葉を、新しい完璧主義の命令にしないことが大切だ。

まとめ――「本当の自分」を押しつけないために

井上雄彦名義の「本当にそれは自分か」と問いかける文章は複数の引用集に掲載される一方、今回の調査では本人発言の一次出典と文言の完全一致を確認できなかった。流通形には語尾の違いもあり、出典状態は要検証とする。確認できていない言葉を、作者の創作の原動力と断定してはならない。

一方、本人の取材からは、読者の体験を考える制作、バスケットボールへの恩返し、時間とともに作品から新たな発見を得る姿勢が確認できる。そこから考えられるのは、自分の意思を大切にしながら、他者との関係の中で考え続けることだ。問いに一度だけ正解を出す必要はない。

確認した資料・出典状態

出典状態:要検証。 旧記事の流通文と、文末に「ですよね」が付く流通形を確認したが、本人への一次取材での完全一致箇所は未確認。これらの引用集は流通形の証拠であり、帰属の確定資料ではない。

CNN.co.jp「世界に誇る日本の漫画家、井上雄彦氏インタビュー」(2012年11月30日):漫画の構成と読者の見方について本人の説明を確認。

集英社『グランドジャンプ』井上雄彦インタビュー 第1回:奨学金設立に関する本人の説明を確認。

映画『THE FIRST SLAM DUNK』公式インタビュー:登場人物や物語についての発見が続くことを確認。

引用集の流通例:語尾の異なる文言が井上雄彦名義で流通していることを確認。一次原典ではない。

関連記事:井上雄彦と挑戦の過程 / 「まず自分ありき」をめぐる別の流通文 / 出典状態の読み方 / 出典別索引。

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