はじめに
チームラボ代表の猪子寿之は、ビジネスの競争力がテクノロジーだけでは説明できなくなる未来を描きました。そこで提示したのが、企業のアウトプットや存在自体が人を感動させる「アート」のような価値を持つ必要がある、という主張です。
ところがこの一節だけを取り出すと、実務的な技術や合理的な計画は不要で、感動させさえすれば生き残れるという極端な話に見えます。本人の文章は、むしろ技術の普及を出発点とする段階的な議論でした。
原文がどこにあるのか、その時代に何を見据えていたのか、現在のビジネスでどこまで使えるのかを分けて考えます。
出典は本人執筆の『GQ JAPAN』連載
原文は、猪子自身が執筆した『GQ JAPAN』連載「ビジネスは、すべてがテクノロジーとなり、そして、すべてがアートであった時のみ、生き残っていく(後編)」です。Web版の掲載日は2014年2月6日で、チームラボ公式の掲載記録では2014年2月号の連載第6回として紹介されています。
本文には「すべては、アウトプットが、もしくは存在そのものが、アートであった時のみ、生き残っていくのです。」と書かれています。本人名義の文章に掲載されているため、逐語的な帰属を原文から確認できます。
ただし、発言の存在が確認できることと、その未来予測が実証されたことは別です。この記事で「出典確認済み」とするのは言葉の来歴であり、すべての企業の生存条件についての科学的な証明を意味しません。
技術が広がるほど、技術だけでは差をつけにくい
猪子がまず想定したのは、多くの産業がデジタル技術と切り離せなくなる未来です。技術が重要でなくなるのではなく、技術が事業活動の前提になるという出発点でした。
次に、技術や論理で説明できる仕組みは情報として共有されやすいので、他者にも再現されやすくなると論じます。競合が同じ機能を実現できるようになれば、機能の存在だけを長期的な違いとして売ることは難しくなる、という見立てです。
この議論は技術力を軽視していません。むしろ技術が広く使われるほど、その技術で何を感じ、どういう体験を得られるかが新たな争点になるという予測です。技術の普及が必ず均等になるわけではない点は、現在の判断に適用するときに留保しておく必要があります。
ここでいう「アート」は装飾や高級感だけではない
本文で猪子は、感動や衝撃を覚えても、それを言葉と論理だけで十分に説明しにくい領域に注目します。きれいに装飾された商品だけを「アート」と呼んでいるわけではありません。
本人は当時のマイクロソフトとアップルを対比し、機能の便利さを説明できる価値と、新しい体験の驚きを伝えにくい価値の違いを論じました。この比較は2014年当時の筆者の見解であり、現在の企業の優劣を示すランキングではありません。
たとえば、アプリで必要な作業ができることは基本条件です。しかし初めて触っても迷わず使え、また使いたくなると感じる設計には、機能表だけでは言い尽くせない価値があります。機能と感性を対立させず、双方が読者・利用者の体験を支えると考える方が実務には適しています。
現代のビジネスに引き寄せるときの注意点
この言葉を「論理的な資料はすべて不要」と読むのは行き過ぎです。猪子は文章の最後で、上司を資料で説得することへの挑発的な意見を述べますが、それをあらゆる組織・案件に当てはまる経営原則とみなす根拠はありません。
事業では安全性、使いやすさ、費用、運用負荷、顧客の信頼など、数字と説明が欠かせない条件があります。感動的なデモだけで責任ある購買判断を代替することもできません。
一方で、機能が同程度の選択肢から選んでもらうには、ユーザーがどんな場面で嬉しさや驚きを感じるかを理解する必要があります。仕様を満たすことと、選ばれる理由をつくることは重なるが同一ではない。ここに、この言葉を読み直す価値があります。
実際に企画を検討するときは、機能だけで説明できる利便性と、使った人が誰かに伝えたくなる体験とを別々に問い直せます。前者を数字や検証で確かめ、後者は利用場面に即した観察で確かめる。そうすれば「感動」を便利な宣伝文句にするだけで終わらずに済みます。
まとめと出典
原文が示していたのは、技術を捨ててアートへ向かうという単純な話ではありません。技術が広がり再現されやすくなる社会で、説明しにくい体験価値や文化的な感性が、競争上の違いを生み得るという予測でした。
その主張があらゆる業界で実現したかどうかは、業界ごとの事実で確かめる必要があります。それでも「便利だから選ばれる」の次に、「なぜ心に残り、使い続けたくなるのか」を問う視点は、現在の製品やサービスを考える手掛かりになります。
主要出典は猪子寿之本人執筆『GQ JAPAN』連載第6回(Web版2014年2月6日公開)です。名言の出典ステータスの読み方もあわせて参照できます。
