井村雅代「自分にしかできないことをひとつひとつ」|出典状況と改善を支える指導

「自分にしかできないこと」は、誰にでも当てはまる成功法則か

アーティスティックスイミングの指導者・井村雅代の名言として「自分にしかできないことをひとつひとつやれば、絶対よくなるんです」という一文が紹介される。この言葉だけを読めば、自分の特別な才能を見つけさえすれば、いずれ成功が約束されるようにも聞こえる。しかし、元の文章がいつ、どんな質問に答えて語られたかは確定できていない。

複数の名言サイトで同じ文言が流通していることは確認した。ただし、記事や書籍の初出、掲載頁、収録映像などの根拠が付されていない。複数のサイトに載っていることを、本人の逐語的な発言が確認できた証拠とはしない。本稿では出典未確認の言葉と、井村本人の講演で確認できる指導方法を分ける。

本人の別の発言から確かめられるのは、「絶対によくなる」という気合いだけではない。相手に今の欠点を伝え、その場で改善方法を示し、手直しできたことを認めるという一連の仕事だ。「よくなる」の根拠を、気持ちの強さより行動の具体性に置くほうが、井村の実際の説明に近い。

2018年の講話にあった、改善のための三つの動作

致知出版社が2022年に公開した記事は、月刊『致知』2018年1月号に掲載された井村の特別講話を抜粋したものだ。井村は、選手の動きが悪いときに欠点を指摘するだけでは終わらず、どう直せばよいかを具体的に言い、直ったらできたことを認めると説明している。

たとえばチーム演技で選手同士の動きが合わない場合、原因が何かを見極めなければならない。原因が違えば直し方も違う。井村の説明でも、一つの修正案で直らなければ、別の方法を考えて伝えるという。「もっと頑張れ」とだけ言う指導では、どの動きを変えるかが分からない。

同時に、井村は叱責を長く続けることをよしとしない。終わったことを持ち出して繰り返し責めるのではなく、今の行動と直す方法を結び付ける。人を変えようという意思が、改善に必要な情報を届ける責任と一緒に語られている。

小さな改善を生むには、選手とコーチで役割が違う

井村の仕事では、選手が泳いで身体を動かし、コーチは見えない課題を外側から見つける。どんなに指導者が熱心でも、演技を実行するのは選手自身だ。一方、選手が自分の欠点を十分に理解できないときには、コーチの具体的な助言が必要になる。「自分にしかできない」は、何でも一人で抱え込むこととは違う。

練習でうまくいかなかった点を細かく観察し、音楽や構成まで工夫するという本人の説明には、競技に必要な環境づくりも含まれる。2016年のリオ五輪に向けて、演技の最後に観客の手拍子が起こるよう音楽のリズムを工夫した例は、技術だけでなく選手が力を出す状況まで設計する指導者の仕事を表している。

ただし、厳しい練習がすべての選手に適切だと保証されるわけではない。体調や負荷を考慮せず限界へ追い込めば、けがや疲労の危険もある。歴史的な指導者の経験と、すべての現場で守るべき安全性は区別する。実践の条件を見落とさずに学びたい。

「絶対よくなる」という強い言葉の扱い

人を励ます場面では、きっぱりした言い方が勇気につながることがある。井村の講話でも、選手の可能性を信じ、今よりよくするために工夫し続ける姿勢が語られる。しかし、本人が改善を強く信じることと、どんな条件でも結果を保証できることは別である。

たとえば資源や時間が足りないとき、努力だけで問題が解決するとは限らない。他者の協力が必要な場合もある。成果を出せなかった人へ「一つずつやらなかったからだ」と責任を押し付けるのは、本人の具体的な指導法からも飛躍している。助言は行動の改善を支援するためであって、失敗者を裁く基準ではない。

日常生活への応用を考えるなら、今の課題を観察し、次に変えられる行動を一つ決め、その結果を確かめるという進め方になる。これは本人の講話から着想を得た編集上の応用であり、井村が誰にでも通用する普遍的な自己分析法を提唱したという意味ではない。

出典と関連記事――言葉を実践の文脈へ戻す

出典未確認の名言をそのまま成果の保証にするのでなく、本人がどのように選手へ改善の方法を伝えたのかを確かめることが大切だ。励ます言葉より先に、実際の行動や指導がどう組み立てられていたかを見ると、人物から学べることが具体的になる。

本人の講話の確認先は致知出版社「オリンピックには魔物も奇跡もない」。2018年1月号の講話を2022年に公開した記事である。同じ問題を別の角度から検討した致知出版社「叱る三つのコツ」も参照した。これらの資料は井村の指導観を直接確認できるが、冒頭の名言の逐語的な原典ではない。

当サイトの関連記事として「一流選手でなくても今よりうまく」の記事は指導者の責任を、「一歩先を求めて叱る」の記事は指摘と修正の関係を扱っている。それぞれ同じ精神論を繰り返すのではなく、未確認の名言・指導者の責任・具体的な叱り方を分けて読むことができる。

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