いわさきちひろ「心の糧になっている」|幼い日の絵本と1968年『こどものせかい』

「心の糧」として成長するのは何か

いわさきちひろは、子どものころに出会った絵本の絵について、それが大人になっても心の中で育ち続けると記した。名言として切り出された「その人の成長につれてふくよかにより美しく成長し、心の糧になっている」という一節だ。成長しているのは「人間の能力」そのものではなく、幼い日に絵から受けた感動である。ここを読み違えると、画家が伝えようとしたことは見えなくなる。

旧記事では、この言葉を人間が年を重ねて立派になる話として説明していた。だが、ちひろが振り返っているのは、幼いときに読んだ絵雑誌や童画との出会いであり、後に自分が絵を描く側になったときの驚きだ。受け取った絵が記憶の中で変わり、いつしか自分の創作を支える。それが文章の中心にある。

出典は、ちひろ美術館の公式記録によると、1968年の『こどものせかい』(至光社)付録。美術館は引用の前後を公開しており、本人の言葉と、作品を残した施設による説明を行き来して読める。

戦時下に途切れた絵への思いが、戦後によみがえる

ちひろは少女時代に美しい絵雑誌に親しみ、岡本帰一や武井武雄、初山滋らの描く絵から影響を受けた。成長すると本格的な絵の勉強に打ち込み、いつしか幼い日の絵本を忘れた。しかし、戦争が激しくなる中で自信を失い、絵の道をあきらめかけた時期もあったと、本人は振り返っている。

戦争が終わったとき、ちひろの心に再び絵を描きたいという感覚が戻った。思い出したのは、新しい画法の理論だけではなく、幼い日に見た絵本の色や、そこで受け取った感動だった。成長してから改めて見ることすらなく、その記憶は彼女の内側で生き続けていたという。

ちひろ美術館が2024年に掲載した「戦いがおわった日に」では、この回想の一連の文章が紹介されている。過去の絵との再会が、単なる懐古ではなく戦後の創作の出発点に結びついていることが分かる。

絵本の価値は、読んだ瞬間の感想だけでは決まらない

子どもが絵本を見て、その日のうちに何を学んだか。そんな問いを大人が持つのは自然だろう。ただし、ちひろの言葉を読むと、作品の影響はすぐに測れるものばかりではないと思えてくる。絵の細部を忘れても、色の印象やページをめくったときの感情が長く残ることがある。

さらに、その記憶の意味は時間とともに変わり得る。子どものころは単にきれいだと思った絵が、大人になってからは描き手の工夫や時代の背景に気づく入口になるかもしれない。一つの作品を受け取る体験が、人生の異なる時期で別の深さを持つということだ。

ここで注意したいのは、どんな作品も必ず子どもを良く育てる、という安易な因果関係ではないことだ。ちひろが語ったのは、自分の経験と創作の責任感である。本人の実感を尊重しながら、普遍的な成長法則として押し付けない読み方がふさわしい。

描く立場になったときに生まれた責任感

ちひろは幼い日に受けた感動を思い返し、自分が今は子どもに絵を届ける側だと気づく。その感覚を、幸せであると同時に少し怖いとも表現している。絵本を描くという仕事が、誰かの長い記憶に残るかもしれないからだ。

作品を残す人にとって、受け手のその後の人生は見えない。今、作品に触れた子どもが何十年後に何を思い出すかを、作者が決めることもできない。それでも一枚を丁寧に描く理由がある。自分の仕事は、完成した瞬間にはまだ終わらないと知っているからだろう。

この視点は、教える仕事や、知識を記事にする仕事にも通じる。すぐに役立つ情報と、長く心に残る経験は必ずしも同じではない。ただし、これはちひろの回想をもとにした編集上の解釈であり、本人が現代の教育制度や情報産業を論じたわけではない。

原典・掲載媒体と、言葉を読むためのまとめ

ちひろの言葉は、ちひろ美術館「ちひろのことば」で確認できる。紹介ページは掲載媒体を「『こどものせかい』付録(至光社)1968年」としている。さらに同美術館「戦いがおわった日に」では、幼い日の絵本から戦後の活動にいたる回想を、より長い前後関係で読める。

この引用を「人は年齢とともに内面が成長する」という一般論に置き換えてしまうと、肝心の絵本が消えてしまう。大人になったちひろの心に残っていたのは、かつて誰かが描いてくれた絵だった。その経験が、次の子どもたちへ絵を渡す側の覚悟につながった。

関連して、日常の家族の足音を綴ったいわさきちひろと二つの足音の記事では、画家として働く時間と家族を待つ時間の関係を紹介している。記事の対象は別の文章だが、一人の画家の生活と創作を立体的に知る手がかりになる。

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