「他の人の行くことを嫌うところへ行け。他の人の嫌がることをなせ」。内村鑑三の名言として紹介されるこの言葉は、内村の講演『後世への最大遺物』に実際に登場します。しかし、原典を開くと大切な違いが分かります。内村はこれを自分が創作した格言として語ったのではなく、女性教育者メリー・ライオンの言葉として聴衆に紹介しているのです。作者・引用者・発言者を区別して読んでいきます。
原典|1894年の講演『後世への最大遺物』第二回
青空文庫で公開されている内村鑑三『後世への最大遺物』全文の「第二回」、終盤でこの言葉を確認できます。内村は米国のマウント・ホリヨーク・セミナリーに言及し、同校を創立した女性教育者メリー・ライオンの生き方を紹介します。彼女が生徒たちへ語った言葉として、上記の二文を挙げています。
つまり、一次資料で直接確かめられるのは「内村鑑三が1894年の講演で、メリー・ライオンの言葉だと述べた」ということです。メリー・ライオン本人の英語原文や、その発言がなされた日時・記録については、本稿で独立した裏付けを確保していません。「内村が引用した言葉」と「メリー・ライオンの原語発言が史料上確定した」は別の段階です。
なぜ内村はメリー・ライオンを紹介したのか
講演の中心にあるのは、誰もが後世に何を遺せるのかという問いです。内村は金銭、事業、思想や文学を遺す価値を論じたあと、富や地位がない人にも遺せるものを探します。その答えが、人を助け、信じる正義に従い、困難に向き合った「勇ましい高尚なる生涯」でした。
ライオンの逸話は、その生涯を具体化する例として現れます。内村は、豊富な設備や学識以上に、一人の人物が持つ力によって学校の精神がつくられたと考えています。彼女の言葉を引いたのは、単なる挑戦好きや逆張りの推奨ではなく、他人が避ける困難を引き受ける姿勢を示すためです。
「人が嫌がることなら何でもすればよい」のではない
この二文だけを読むと、周囲が嫌がる行動や反社会的な振る舞いを勧めているようにも見えます。しかし、直後の内村の説明を読むと、話題は「正義のために少数の側に立つこと」へ移ります。
内村は、単に多数派の反対へ回る「つむじ曲がり」を無条件に褒めてはいません。少ない側を助けること自体よりも、正義のために困難を負う姿勢に価値を置いています。この区別を落とすと、講演の倫理的な方向が反対になってしまいます。
現代に引き寄せて読むと、例えば十分な支援のない人を助ける、誰も担当したがらないが必要な仕事を引き受ける、不適切な慣行に理由を添えて異議を唱える、といった場合が考えられます。ただし、これらは現代的な応用であり、内村やライオンがこうした具体的な職場の手順を示したものではありません。
内村の言葉として転載するときの注意
「内村鑑三『後世への最大遺物』より」という出典表記には根拠があります。しかし、それだけだと内村本人のオリジナルな一言だという誤解を生みます。正確に記すなら、次のような形がよいでしょう。
- 収録作品:内村鑑三『後世への最大遺物』第二回。
- 本文内での帰属:内村がメリー・ライオンの言葉として紹介。
- 確認できていない点:ライオン本人の英文による一次記録、最初の発言日時と場所。
- 注意:明治期の日本語表記と、現在流通する「嫌がる」「いやがる」などの揺れを同一の厳密な原文として扱わない。
「後世へ遺す」こととのつながり
内村は大きな成果を出す有名人だけを褒めているのではありません。人に評価されない場所で信念を貫くことも、次の世代へ残せるものだと考えます。反対があっても必要なことをするという話は、結果として名声が得られるかどうかと切り離されています。
この考えの全体像は「後世への最大遺物は勇ましい高尚なる生涯」を扱う記事で解説しています。短い一節の出典を確認するだけでなく、講演の目的へ戻ると、なぜその言葉を引用したのかが見えてきます。
まとめ|内村が「引用した」言葉と、本人の思想
「他の人の行くことを嫌うところへ行け」は内村鑑三の講演中に現れる実在の一節です。ただし内村はメリー・ライオンの言葉として紹介しています。本人の思想との結びつきを理解するなら、「人と反対の行動をすべき」という標語にするより、名誉のない場でも人を支える生き方が後世に何を遺せるか、という講演全体の問いへ戻る必要があります。
原典・関連資料
- 青空文庫・内村鑑三『後世への最大遺物』「第二回」全文 — メリー・ライオンの言葉として紹介する該当箇所を確認
- 青空文庫『後世への最大遺物』図書カード — 初出・底本・作品情報
- 「最大遺物は勇ましい高尚なる生涯」|講演の中心思想
- 名言・思想の総合案内

人物と他の作品をたどる:内村鑑三とは|人物・作品・名言の出典案内。『後世への最大遺物』『一日一生』と、講演中で内村が引用した他者の言葉を区別して紹介しています。