「自分探しより、自分創りなのです」。小椋佳の言葉は、どこかに隠れている本当の自分を発見するのではなく、日々の行動によって自分が大切にするものをつくるという発想を示します。この一節は、2021年刊の本人著書『もういいかい まあだだよ』262〜263ページから引用したという読書記事で確認できます。小椋が銀行員と音楽家の二つの顔をどう考えたか、その実際の語りとともに読み直します。
出典候補:2021年『もういいかい まあだだよ』の終盤
2022年に掲載されたキャリア研究者・小矢野正夫氏の読書記事は、小椋佳著『もういいかい まあだだよ』(双葉社、2021年)の262〜263ページを明示して、この言葉を含む書籍終盤の文章を取り上げています。そこでは生きる意味を自分で作ることと、自身にとっては歌を作ることがその意味であったと続きます。
版元ドットコムの双葉社提供書誌によると、同書は2021年12月22日発売、280ページ、ISBN 9784575316834の著作です。銀行員、作詞作曲家、家族の一員としての歩みを振り返る内容だと説明されています。
ただし今回、私たちは該当の本を開いて262〜263ページを直接照合したわけではありません。そのため、書籍名とページを示す読者による引用は確認済みでも、原本の全段落と句読点までは未照合です。出典管理では「要検証」を維持し、根拠の種類を明記します。
「自分を探す」こと自体を否定しているのか
生まれ育った環境、得意不得意、これまで出会った人は自分の考え方へ影響します。自分を知ろうとするために過去を振り返ることにも意味があります。しかし、過去の事実を列挙するだけでは、これからどんな生き方を選ぶかまでは決まりません。
この言葉を「自己分析など意味がない」と断定するために使うのは単純化しすぎでしょう。自分を理解することと、選んだ行動によって新しい自分を形づくることは、順番に行うことも、繰り返し行うこともできます。
小椋が表現したのは、生きる意味があらかじめ決められているのではなく、関わりたい仕事や創作に意味を見いだしてきた自身の経験だと読むことができます。
銀行員と音楽家を「二足のわらじ」と呼ばなかった
小椋は第一勧業銀行で仕事を続ける一方、1971年のアルバム『青春〜砂漠の少年〜』以降、作詞・作曲・歌唱活動を広げました。本人は2009年の『Works』誌の対談で、銀行員と音楽家という二つの別々の自分がいるのではなく、中心に個としての自分があり、そこから複数の活動が広がっているという趣旨を語っています。
この対談の趣旨を読書記事は「同心円的キャリア」として紹介しています。ここで重要なのは、ある役職に就いていることが人間としての自分の全部だと決めつけないことです。職業や生活上の役割は、それぞれ自分の価値観を実現するための異なる方法になり得ます。
ただし、『Works』誌の対談と2021年の著書の文章が同一の場で語られたわけではありません。複数の時期における小椋の考え方を比べるための資料として位置づけます。
創作は、完成した自分を示すだけのものではない
音楽を作ることは、すでに知っている自分の性格をそのまま説明する作業とは限りません。新しい言葉を考え、他人の歌声を想像し、作品を作ることで、以前は思いつかなかった表現に出会う場合もあります。
2021年にユニバーサルミュージックから発売された『もういいかい』には、小椋が自身で歌う新曲や、他の歌手に提供した曲のセルフカバーが収録されました。同じ日に林部智史のために書き下ろしたアルバム『まあだだよ』も発表されています。
半世紀の創作の後でも、自身で歌う表現と別の人へ託す表現が並んでいました。これは「自分創り」という言葉の直接の発端だったとまではいえませんが、人生の途中で活動の方法を変え続ける例として興味深い点です。
「意味」は一つの正解に固定しなくてよい
小椋が自分にとっての生きる意味を歌作りと表現したからといって、ほかの人も同じように一生かけられる職業や創作を見つけなければならないわけではありません。暮らしを維持するための仕事、家族や友人との時間、学び、休息など、価値を感じるものは複数あり得ます。
また人生の目標は、年齢や環境に応じて変化します。以前に重要だった仕事を離れることも、時間をかけて少しずつ別の活動を始めることもあります。ひとつの役割を永遠に続けることが「自分創り」の条件ではありません。
自分が作る意味を考えることは、生活上の条件を無視して夢だけを追うこととも違います。資金や健康、安全、他者への責任を踏まえながら、いま選べる範囲を見つけることが必要です。
今日の行動が自分を変えるという小さな見方
大きな転職や転居をしなくても、新しく本を読む、やりたいことのために調べる、これまで話したことのない人へ意見を聞くなど、少しずつ選択を変えることはできます。
そうした小さな行動は、必ず人生を劇的に変えるものではありません。それでも、自分が何に興味を持ち、どのような経験を好むのかを知る新しい材料になります。行動を通じて得られた情報で、次の行動を選び直すという考え方です。
自分を創るために考えたい三つの問い
これまでの肩書きから離れても続けたい関心は何か。今の生活の中で試せる小さな活動は何か。そして、実際にやってみた結果から、何を続け、何を変えたいと思ったか。
これらは小椋本人の三原則ではなく、言葉を現在の生活や仕事へ引き寄せるために本記事が考えた問いです。
出典の確認状況と参考資料
「自分探しより自分創り」の文言は、2021年の小椋佳著『もういいかい まあだだよ』262〜263ページを明示した読書記事で確認できました。同書の刊行と概要は出版社提供の書誌から裏付けられています。ただし原本の当該ページは未閲覧です。人物の実績や音楽活動は公式レーベルの発表で照合しました。
小矢野正夫「『二足の草鞋』ではない、小椋佳さんの生き方」:書籍262〜263ページからの引用と、2009年対談の紹介。二次資料。
版元ドットコム『もういいかい まあだだよ』(双葉社、2021年):著者・発売日・ページ数・ISBNを示す出版者提供書誌。
ユニバーサルミュージック「ラストアルバム『もういいかい』リリース決定」:2021年の作品と林部智史への提供曲の公式発表。
ステラnet「歌手引退、もういいかい/小椋佳(前編)」:本人が銀行員時代と歌手活動を振り返ったインタビュー。
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自分探しだけで終わらず、自分にとって意味のある行動を積み重ねる。小椋の言葉は、過去の自分を否定するのでも、誰かが用意した正解の人生を選ぶのでもなく、今の自分が何を大切にするのかを少しずつ形にしていく問いとして読むことができます。