「日本製の地球儀を眺めると、日本が赤く塗られていますでしょ」。この言葉は指揮者・小澤征爾が、建築家・安藤忠雄との対談で語ったものです。2015年6月18日公開の『GOETHE』誌の対談記事には、続けて、日本語を用いる世界だけの価値観に一生とどまるのはもったいないという考えが記されています。単に海外旅行を勧める名言ではなく、自分が慣れ親しんだ枠組みを外から見直すという、長年の演奏経験から生まれた話として読みたい言葉です。

出典:2015年、安藤忠雄との対談
出典は、『GOETHE』2015年6月18日公開「安藤忠雄が小澤征爾と会って考えたパイオニアの思考法」です。安藤が、若い時期に自分の目で海外を見る重要性を問いかけた場面で、小澤が地球儀の例を出して語っています。誰に向けて、どんな質問を受けて話したかまで確認できる本人取材です。
現在の記事で流通していた長い引用は、この対談本文の表記と大筋で一致します。ただし印刷誌面の校了原稿や録音は直接確認していません。本記事では公開された本人取材を一次資料として扱い、発言を長く転載せず要点を説明します。
地球儀で日本が赤く塗られていることの意味
ここでの地球儀は、国ごとに異なる色を使う図法への厳密な批評ではありません。ふだん暮らす国を中心に世界を見る習慣を、地球全体の広がりと比べるための比喩と考えられます。日本語で学び、仕事をし、ニュースを読むことには大きな利点があります。一方で、それだけでは接する人や資料が限られることもあります。
ただし「日本語圏は狭い」という言葉から、日本の文化や日本語の価値が低いと導くことはできません。自分の言語が大切であることと、他の言語や考え方を学ぶことは両立します。
小澤征爾が1959年に海外へ渡った理由
同じ対談で小澤は、1959年に船で神戸を出発し、東南アジアやインドなどを経由してヨーロッパへ渡った経験を振り返っています。小澤は当時24歳でした。現代の飛行機で短期間に往復する渡航とは、移動の条件も、外国との情報の距離も異なっていました。
新潮社『ボクの音楽武者修行』の公式紹介によると、小澤は外国の音楽を演奏するために、その音楽が生まれた土地と人々を直接知りたいと考え、スクーターで欧州へ旅立ちました。著書はブザンソンの指揮者コンクールからニューヨーク・フィル副指揮者への道のりを綴っています。
単なる観光で終わらせたくなかった
対談で小澤は、短期間の外国旅行にも意味はあると認めながら、できれば時間をかけて勉強してほしいという希望を語っています。ここで話題になっているのは、行った国の数ではなく、現地で何を経験し、理解しようとするかです。
よく知らない街へ行ったとき、そこに住む人がどのように仕事をし、時間を過ごし、芸術を楽しんでいるかに触れると、旅行前の情報だけでは分からなかったことに気づく場合があります。ただし一度滞在しただけで、その国の社会を完全に理解できるわけでもありません。
海外経験が音楽の仕事へどうつながったか
小澤は国際コンクールを経て、カラヤンやバーンスタインといった指揮者のもとで学びました。新潮社の公式著者プロフィールでは、1973年から長年ボストン交響楽団の音楽監督を務め、ウィーン国立歌劇場の音楽監督も経験したことが確認できます。
外国の音楽家と実際に仕事をする中では、譜面を読む技能に加え、演奏者が音をどう受け止めるか、練習に何を求めるかといった違いに向き合う必要があったでしょう。ただし、本人の特定の演奏の成功を一度の海外旅行だけで説明することはできません。
外国へ行けば誰でも視野が広がるのか
海外渡航は新しい人や文化に出会う機会になり得ますが、行きさえすれば必ず価値観が変わるとは限りません。慣れた人とだけ過ごし、知らない考えを避ければ、場所が変わっても見方は変わらないかもしれません。
また、経済的な事情、健康、家族の介護や育児などにより、長期の海外滞在が難しい人もいます。小澤の歩みを全員が再現するべき成功の条件にしないことが重要です。外国に住む人の発信に触れ、異なる言語の本を読むことや、地域の多文化活動へ参加することにも学ぶ価値があります。
言葉が十分にできなくても学びは始まる
2015年の対談では、小澤も安藤も外国語に苦労した話をしています。小澤は指揮の際、説明しすぎるより音で伝えることを重視していたと話しました。言葉の壁がなくなればすべて解決するという話ではありません。
とはいえ、言葉を学ぶ必要がないとも言っていません。意思疎通が難しいと誤解は生まれます。言葉、音、身振り、現地での観察を組み合わせながら関係を築くという実際の経験が、対談から見えてきます。
自分の常識を疑うとは、自国を否定することではない
異なる文化の人と話すと、自分には当たり前だった習慣が相手には不思議に見えることがあります。その違いをすぐに優劣へ変えず、なぜそうするのかを聞くことから理解は始まります。
他者を知ることは、自分の文化に新しい視点を得ることにもつながります。小澤の地球儀の話は、日本を小さく見るためではなく、見慣れた中心以外にも豊かな世界があることに気づくための問いです。
仕事と学習での実践
海外へ行けない場合でも、あるテーマについて日本語の資料と別の言語の資料を読み比べることができます。どんな事実を重視し、何が省略され、どんな前提が違うかを確かめると、一つの国の中でも見方の違いが分かります。
ただし自動翻訳だけで専門用語や文化的な含みまで正確に伝わるとは限りません。必要に応じて原語の表現や発信者の背景を確かめることが大切です。
2015年の対談から次の記事へ
同じ対談では、小澤がインターネットで知った情報と自分が体験したことを区別し、さらに音楽と生活文化の関係を語っています。この話を三つの別々の人生訓として孤立させず、つながった対話として読むと意味が深まります。「知識と体験は何が違うか」、「生活と音楽の関係」でも別の観点から整理します。
出典状態と参考資料
出典状態:原典確認済み(本人への公開対談)。2015年6月18日の『GOETHE』誌の安藤忠雄・小澤征爾対談で、地球儀と日本語圏についての発言を前後のやり取りとともに確認しました。録音や編集前の会話全体は未確認です。本文の時代背景と現代への応用は出典に書かれた発言と区別しています。
主要資料:GOETHE「安藤忠雄が小澤征爾と会って考えたパイオニアの思考法」(2015年6月18日)/新潮社『ボクの音楽武者修行』/新潮社・小澤征爾の著者プロフィール/出典ステータスガイド。