「僕は漫画にメッセージを込めない主義です」。『ONE PIECE』作者・尾田栄一郎のこの言葉は、作品に思想や価値観を持ち込まないという宣言でしょうか。実際には、子どもたちに夢について何を伝えたいか、と尋ねられたときの答えでした。尾田はその続きで、ルフィたちを見て何かを感じたなら受け止めてほしい、読者が100人いれば100通りの受け止め方でよいと述べています。
この発言には興味深い緊張があります。同じインタビューの少し前で尾田は、人を助け、恩に報いるような任侠の心が世代を越えて伝わってほしいとも語っています。それなのに、漫画に「メッセージを込めない」とはどういうことなのか。発言が生まれた状況から、この違いを考えます。
初出は2018年7月21日の読売新聞インタビュー
この言葉の出典候補は、2018年7月21日の読売新聞朝刊に掲載された『ONE PIECE』連載21周年記念の尾田栄一郎インタビューです。掲載当時に新聞を読んだファンが質問と回答を紹介した記録があり、別の掲載当時の紹介記事でも同じインタビューが取り上げられています。
資料上の問いは「子供たちに、自分の夢を実現するために、何を伝えたいですか」というものです。尾田は「僕は漫画にメッセージを込めない主義です」と答え、登場人物の姿を読者それぞれに受け止めてほしいと続けます。短い名言として見るより、子どもに教訓を直接与えるのか、物語を読んでもらうのかという問いへの答えとして読むほうが適切です。
ただし、今回当サイトは2018年7月21日付の読売新聞紙面や原配信の全文を直接閲覧していません。確認したのは掲載当時の読者による紹介と、同じ新聞記事に言及する複数の資料です。そのため、句読点や「欲しい/ほしい」などの細部まで原本と同一と断定しません。
「メッセージを持たない」と「メッセージを押しつけない」は違う
作品にメッセージを込めないと聞くと、描き手が作品を通じて何も伝えたいと思っていないように感じるかもしれません。しかし、登場人物が何を大切にし、どう生きようとするかを描く以上、物語を読んだ人が何かを感じることは自然に起こります。
尾田が述べているのは、自分が何を感じたかを読者にひとつの正解として指定するのではなく、物語から何を受け取るかは読者に委ねるという姿勢として読むことができます。読者が同じ場面で笑うことも、泣くことも、別の解釈を持つこともある。そこに唯一の答えを要求しないということです。
ただし、ここでの解釈を尾田のすべての作品づくりの絶対的なルールとして拡張することも避けたいところです。彼がどんな質問に答えたか、誰に話していたかという範囲で受け止める必要があります。
その直前では、ルフィの行動に価値を見いだしている
このインタビューの少し前で、尾田はルフィにとっての「海賊王」は自由に生きることに関わると述べています。同時に、ルフィは人を助け、受けた恩を返すような行動をするとも説明します。そのような人のために行動する姿勢が伝わってほしいという願いも語っています。
一方では伝わってほしい価値観があり、他方ではメッセージを押しつけない。この二つは、必ずしも矛盾しません。作者が描きたい人物の姿を持つことと、読者にその意味を一つだけ教え込むことは違うからです。
読者がルフィの行動から何を感じるかはさまざまでしょう。勇気を感じる人も、仲間との関係に心を動かされる人も、自由とは何かを考える人もいる。作者の思いと読者の受け止め方の間には、物語ならではの余白があります。
読者の自由があるからといって、作者に責任がないわけではない
「受け止め方は自由」と言っても、作品に含まれるすべての描写を同じように正当化できるわけではありません。物語には、作者が選んだ構成や言葉、登場人物の行動があり、その選択に対して読者が批評することもできます。
作者が表現の意味を一つに限定しないことと、描いたものの影響をまったく考えなくてよいということは別です。だから、この発言を「何を描いても作者は責任を負わない」という教訓に変えてはいけません。
同様に、読者が自由に解釈できることと、作品内の明確な事実を無視してよいことも同じではありません。誰が何を言ったか、作品中でどんなことが起きたかを尊重しながら、その意味について複数の読みを持つことはできます。
「答えを教える」のではなく、物語を見せる
教育や文章の場面でも、一つの教訓を直接示す方法と、具体的な経験や出来事を通して考えるきっかけをつくる方法があります。前者が常に悪いわけではありません。安全に関わる知識や、最初に押さえるべき事実は、明確に教えたほうがよい場合もあります。
けれども、生き方や価値観に関わる問いでは、読者が登場人物の選択を見て自分なりに考える余地が重要になることがあります。答えを知るだけでなく、何を問うべきかを自分で発見することができるからです。
この説明は、尾田の発言を当サイトが一般的な読書体験に引き寄せた解釈です。尾田が教育理論を提唱したという意味ではありません。
創作する側が読者を信頼するということ
漫画は、作者が全部描いて初めて完成します。しかし読者は、その絵を自分の経験と結びつけ、登場人物の気持ちを考え、物語にそれぞれ違った意味を見いだします。作り手が何を感じてほしいかを考えることはできますが、受け取られ方を完全に制御することはできません。
尾田がこのインタビューで読者それぞれの受け止め方を肯定したという事実は、作品を渡した後の意味の広がりを考える手掛かりになります。作者が物語をつくり、読者が自分の読みを持つ。その両方に価値があるという見方です。
旧記事の問題と今回の修正
旧記事では、出典の場所を示さず、尾田は読者のあらゆる解釈を無条件に尊重している、という抽象的な主張を繰り返していました。また「自由な解釈を認めれば人間関係もうまくいく」といった飛躍もありました。
今回、2018年7月21日の読売新聞インタビューという出典候補を特定し、子どもに夢を伝えるという質問と、その前のルフィの行動に関する話を区別して紹介しました。原典に立ち返ることで、単にメッセージがないのではなく、教えを一つに決めず物語として渡すという読み方が可能になります。
確認資料・出典判定
出典状態:要検証(2018年7月21日付読売新聞への帰属を掲載当時の資料で確認。新聞原本の逐語照合は未実施)。① 尾田栄一郎の読売新聞インタビューの記録(掲載当時の質問・回答を紹介した二次資料)。② ONE PIECE.Log「読売新聞の尾田インタビュー」(2018年7月の掲載状況と発言の紹介)。③ 『ONE PIECE』公式サイト、読売新聞との連動企画(同時期に読売新聞と公式コラボレーションが進行していた事実を示す資料であり、この発言の原文ではありません)。
ほかの発言と読み比べるなら、「芸術とエンターテイメントは違う」の記事も参照できます。そこでは、作り手の表現と受け手の体験の関係を別の角度から検討しています。
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