「まだ足らぬ 踊りをどりて あの世まで」は、六代目尾上菊五郎の言葉として知られています。辞書資料では、六代目菊五郎の辞世として記録されています。
検索では「まだ足りぬ」「踊り踊りて」といった表記でも探されていますが、コトバンク掲載の『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』では「まだ足らぬ踊りをどりてあの世まで」という形です。
六代目尾上菊五郎とは
六代目尾上菊五郎(1885–1949)は、明治から昭和にかけて活躍した歌舞伎俳優です。初代中村吉右衛門とともに「菊吉時代」を築き、日本俳優学校の設立にも関わりました。
辞書資料は、この人物情報とともに「まだ足らぬ踊りをどりてあの世まで」を格言・辞世として掲げています。
「まだ足らぬ」が示すもの
この短い句からまず読み取れるのは、完成や到達を宣言する言葉ではないことです。「まだ足らぬ」と、自分の芸を未完のものとして置いています。
そこへ「踊りをどりて」「あの世まで」と続くことで、生涯の最後まで芸を続ける姿勢が一つの像として立ち上がります。
「死後も修行する」という思想まで断定しない
旧記事では、「死後も芸の追求が続くという信念」「目標は人生を超えた永遠のもの」といった思想まで、この一句から大きく膨らませていました。
しかし、辞世として「あの世まで」と詠んだことから、本人の死後観や宗教観まで確定することはできません。安全に言えるのは、最後まで芸に満足せず、踊り続ける姿を表した句として伝わっているというところまでです。
辞世として読むと印象が変わる
この句を単なる「努力を続けよう」という自己啓発の言葉にすると、「あの世まで」という結びの重さが薄れます。
人生の最後に「まだ足らぬ」と置き、それでも踊る。完成した名人が「私は完成した」と言うのではなく、未完のまま芸を続ける姿を残したことに、この句の強さがあります。
表記には揺れがある
ウェブ上では「まだ足りぬ」「踊り踊りて」などの表記も見られます。一方、今回確認した辞書では「まだ足らぬ踊りをどりてあの世まで」です。
古い言葉や辞世は、引用・再録の過程で表記が変わることがあります。そのため検索される表記も紹介しつつ、確認できる資料の表記を基準にします。
1949年公開のニュース映画に残る辞世の記録
六代目菊五郎が亡くなったのは1949年7月10日です。中日映画社のアーカイブには、その9日後の1949年7月19日に公開されたニュース映画「菊五郎丈逝く」が登録されています。作品紹介は、通夜や舞台「鏡獅子」の映像とともに、辞世として「まだ足りぬ 踊り踊りて あの世まで」を明記しています。
ここで注意したいのは資料の種類です。ニュース映画そのものは1949年の作品ですが、当サイトが確認したのは中日映画社による現在の作品目録と内容紹介です。目録の登録日は2025年7月16日と表示されています。映像本編の字幕・音声を直接視聴したわけではなく、辞世の本人自筆原稿も照合していません。したがって、これは同時代に作られた映像資料への具体的な手掛かりであり、本人がいつ詠んだかを確定する証拠ではありません。
表記にも違いがあります。講談社の人名辞典は「まだ足らぬ 踊りをどりて」、中日映画社の作品紹介は「まだ足りぬ 踊り踊りて」と記載しています。どちらかを勝手に唯一の原文へ統一せず、確認した資料に従って示します。両者とも、六代目菊五郎の辞世としてこの句を記録している点では一致しています。
確認した資料
- コトバンク「尾上菊五郎」 — 六代目の人物情報と「まだ足らぬ踊りをどりてあの世まで(辞世)」を確認。
- 中日映画社「菊五郎丈逝く」 — 1949年7月19日公開のニュース映画の目録。辞世の掲載と表記差を確認。映像本編は未視聴。
出典状態:要検証。 講談社の人名辞典に加え、1949年公開のニュース映画を紹介する中日映画社の目録でも辞世の記載を確認しました。ただし、当サイトでは映画本編の字幕・音声や本人の自筆・成立時期を直接照合しておらず、文言の表記にも資料差があります。