「人生は色々な難関に出くわす。難関が次から次へとやってくるから面白いのだ」。柔道の創始者・嘉納治五郎の言葉として広まっている表現です。勇気をもらえる一方、これを「困難に苦しむのは本人の考え方の問題だ」という意味で使うと、人が置かれた状況を無視してしまいます。
さらに、この文章の初出や本人による逐語的な発言資料は今回の調査では確認できていません。言葉が流通していることと、嘉納本人の思想を歴史資料で確認することを区別して読みます。
2020年の名言サイトには掲載されているが、発言の原典ではない
げんごや「人生は色々な難関に出くわす」(2020年10月1日)には、この文章が嘉納治五郎名義で掲載されています。また、ほかの名言集でも同じ文言が紹介されています。少なくとも近年、嘉納の名言として広く流通していることは分かります。
ただし、名言サイトには、該当する著作の書名、刊行年、掲載ページ、講演日時などを確認できる一次資料が示されていません。多数のサイトで繰り返されていても、それだけで発言者が確定するわけではありません。
したがってこの記事では、「嘉納が人生のある段階でこの言葉を述べた」と断定しません。発言の原典については要検証とします。
確かめられる嘉納の思想は、技術を人間形成につなげること
講道館公式「講道館柔道の歴史」は、嘉納が柔術の技術を学び、心身の力を有効に働かせる原理へと発展させたことを説明しています。そこで示されるのが「精力善用」と「自他共栄」です。
また、講道館公式「柔道とは」は、柔道を競技だけでなく、人を育て社会に役立つ学びとして位置づけています。嘉納が技術と教育を結びつけて考えていたことについては、このような確認可能な資料があります。
しかし、講道館の公式説明が「難関は面白い」という文章そのものを証明するわけではありません。思想の近さと引用の真正性は別の問題です。
「難関を面白がる」は、どんなときにも通用するのか
新しい技術を覚えるとき、うまくいかなかった箇所を試行錯誤して解決する楽しさはあります。予想外の問題に向き合ったことで、新しい方法を発見することもあるでしょう。
しかし、病気、暴力、差別、過重労働、経済的不安などは、単純に「楽しんで乗り越えよう」と言って済ませられるものではありません。支援や保護が必要な問題、原因となる制度や環境を変えるべき問題もあります。
困難への反応は個人によって違い、恐怖を感じること自体が劣っているわけではありません。無理に前向きになることよりも、状況と自分の安全を見極めることが先になる場合があります。
現代の仕事や学習へ応用する3つの判断
ここからは確認できる嘉納の発言ではなく、流通する言葉と柔道の教育思想を手掛かりにした編集上の提案です。
- 挑戦に価値がある場面:十分な準備と安全があり、失敗しても学び直せるなら、小さく試す。
- 助けを求める場面:必要な知識や資源が自分には足りないなら、専門家や周囲の支援を受ける。
- 拒否・撤退が必要な場面:危険、権利侵害、過大な負荷があるなら、挑戦を止めることも適切な判断とする。
例えば事業開発では、新しい顧客の要求を調べることは価値のある挑戦かもしれません。しかし、検証できていない機能を安全性の確認なしに公開するのは、挑戦の美徳では正当化できません。「恐れるな」と「危険を無視しろ」は同じ意味ではありません。
嘉納が述べた『技より道へ』という確かなテーマとつなげる
「技より入って道に進め」の記事では、嘉納の1932年の論考を通じて、技術を手段として学ぶ思想を説明しています。柔術を「柔道」に変えた理由も、原典に戻って教育的な位置づけを整理しています。いずれも流通する格言の真偽を一括で保証するものではありませんが、嘉納の思想へ進む入口になります。
出典と判定
判定:二次資料での流通は確認済み/本人発言の初出は要検証。 2020年の名言サイト掲載は確認できますが、当時の講演記録や著作に該当文言を特定できていません。本人の思想については別途、講道館の公式資料で確認します。
主な参照資料:げんごや「人生は色々な難関に出くわす」(二次的な流通例)、講道館公式「講道館柔道の歴史」、講道館公式「柔道とは」。確認の考え方は出典から名言を探すを参照してください。
