はじめに
「苦しい時は登っている時。自分が凄いと慢心した時は、下っている時だから気を付けろ」。上岡龍太郎の言葉として知られる一節です。努力がうまくいかないとき、今は坂道の途中なのかもしれないと思えば、前に進む力が湧くこともあるでしょう。しかし、苦しんでいれば必ず成長する、という無条件の法則ではありません。
この言葉については、単なる名言集を超える証拠が見つかります。タレントの中山秀征が、上岡本人からこの教えを直接受けたと2024年に語っています。本人の当時の録音・原稿ではありませんが、受け手自身による具体的な証言として重要です。
一方で、取材記事によって「苦しい時」と「辛い時」、また「自分がすごいと思った時」と「楽だなと思った時」という違いがあります。言葉の要旨は近くても、逐字的には同じではありません。証言で裏付けられる核と、流通する定型句の細部を区別しながら読み解きます。
中山秀征が語った上岡龍太郎からの教え
『日刊スポーツ』2024年5月の記事では、中山秀征が先輩芸能人の教えを振り返り、上岡からつらい時は上り坂にいる、偉くなったと思う時は下り坂だと教わったと語っています。発言を直接聞いたとする人が、教わった状況を自分の言葉で紹介した点に価値があります。
同じ中山への『日刊SPA!』のインタビューでは、似た教えが少し異なる形で登場します。前半は「苦しい時は登っている時」、後半は楽だと感じる時を下り坂にたとえています。二つの記事の違いは、証言が偽物であるという証拠ではありません。口頭で教わった言葉を年月がたってから再現するとき、表現が変わる場合があるためです。
ただし、これは同じ中山秀征による二つの回想であり、独立した二人の証人による裏付けではありません。上岡本人の発言音声、発言日、元の会話全体を確認したわけでもありません。直接教わった人物の証言は確認できるが、定型句の完全な逐字一致は未確定というのが適切な整理です。
「登っている時」とは何を意味するのか
山道を上るときには、足に力を込める必要があります。景色が変わらず、頂上も見えないことがあります。新しい技能を身につけるときも、しばらく成果が見えないことがあるでしょう。苦しさを即座に失敗の証拠と決めつけないのが、この比喩から読み取れる励ましです。
しかし、本物の山でも、道を間違えたり、体調が悪くなったりすることがあります。苦しいからといって正しい方向へ進んでいるとは限りません。仕事でも、努力が報われない理由が、本人の方法ではなく組織の無理な目標や人手不足にある場合があります。苦痛の大きさで成長を測るのは危険です。
挑戦している状況なら、何を学べたか、どんな能力が増えたかを振り返ることは役立ちます。それでも休息が必要なときには休み、誰かに相談し、挑戦の方法を見直してよいのです。上り坂という比喩は、自分を追い込むための命令ではなく、状況を見直すための一つの見方として使いたいものです。
「下っている時」への注意が重要
言葉の後半は、上り坂の励ましよりも厳しい問いかけです。自分はもう十分だ、周りの人に教わることはないと思った瞬間、変化を見逃すかもしれません。自信を持つことと、学びをやめることは違います。
仕事で成果が出たとき、その結果に満足するのは自然です。ただし、以前うまくいった方法が、これからも通じるとは限りません。顧客の要望や技術、周囲の状況は変わります。実績を認めながら、自分の判断を更新できる状態を保つことが大切でしょう。
一方で、楽しく仕事ができることを「下り坂」だと疑う必要もありません。経験や練習によって、難しかったことが自然にできるようになるのは成長の結果でもあります。気持ちに余裕があることそのものを怠慢と決めつけないのが、現代的な読み方です。
一つの言葉を独立した証言と取り違えない
この言葉は名言まとめサイトや2025年の格言紹介ページでも見られます。後者には「サンスポ」と出典らしき表記がありますが、発行日や元記事のURLが示されていないため、その紙面を確認できたことにはなりません。出典名だけでなく、どこまで原資料へ遡れるかが重要です。
出典を確認するときには、誰が、いつ、どの立場で語ったかを区別します。中山の証言は「教えを受け取った本人の回想」です。一方、名言集は「後からまとめられた引用」です。前者の方が発言の帰属を支える資料として有力ですが、どちらも当時の上岡の肉声そのものではありません。証拠の強さには段階があります。
上岡の生き方を知る別の資料として、スポニチによる山田雅人への取材があります。2000年に引退した背景として、上岡が自身の芸の水準に厳しかったという証言が紹介されています。ただし、その引退理由が今回の言葉の発言動機だった、とまでは断定できません。
挑戦と慢心を自分の生活に引きつける
新しい仕事を始めたとき、慣れない作業で疲れるかもしれません。そんな時は、単に苦しいかどうかではなく、昨日より理解できたことや、助けを借りて改善できたことを確かめます。変化を小さく記録する方が、根拠のない楽観より役立つことがあります。
反対に、得意な仕事だけを続けているときには、周囲からの指摘に耳を傾けてみます。自分に経験があっても、別の立場からしか見えない問題はあります。自信を持ちながら人の話を聞けるかが、慢心を避ける一つの工夫です。
そして負担が長く続き、眠れない、身体の調子が悪いなどの影響が出ているなら、無理を正当化してはいけません。周囲や専門家に相談し、原因を見直す必要があります。心身の健康を損なう苦しさを「成長の証し」と断定しないことは、励ましの言葉を使う際の大切な条件です。
まとめ
「苦しい時は登っている時」という教えは、中山秀征が上岡龍太郎から直接聞いたとする2024年の取材で確認できます。これは出典不明の転載だけに依存するより強い手掛かりです。ただし、同じ中山による回想間にも文言差があり、上岡本人の録音・逐語記録は未確認です。
この言葉の価値は、つらい状況で未来への可能性を考えられる点と、好調なときに周囲から学び直す姿勢を促す点にあります。「苦しい=成長」「楽=衰退」という単純な公式にしないことで、むしろ実際の生活に使いやすくなります。
人生の坂道を進むとき、必要なのは根性だけではありません。正しい道か確かめること、荷物を軽くすること、休むこともあります。苦しさにも好調さにも思考を止めず、状況を見て選び直す。そんな姿勢でこの言葉を受け止めたいものです。
出典と確認範囲
『日刊スポーツ』「中山秀征が今も胸にしまう大先輩たちの言葉」(2024年5月):本人から教わったという中山の証言と、慢心への戒めを確認。『日刊SPA!』中山秀征インタビュー(2024年):語句の異なる本人回想を確認。同一人物の回想であり、二人の独立証言ではありません。
スポニチ(2023年6月4日):山田雅人による上岡の生き方・引退に関する証言を参照。格言紹介サイト(2025年):流通句と未特定の「サンスポ」帰属を確認。口述回想との字句差があるため、出典状態は「文言変化・意訳」として示しています。
