北里柴三郎「不撓不屈の精神を貫け」|北里大学が受け継ぐ四つの建学精神

「不撓不屈の精神を貫け」。北里柴三郎が門下生に説いたと伝えられる言葉で、北里大学の建学の精神にも受け継がれています。「不撓(ふとう)」はたわまないこと、「不屈(ふくつ)」は屈しないこと。しかし、何があっても休まず、方法も変えず、独力で頑張れという意味へ短絡させないようにしたいところです。

出典:北里大学が公表する学祖の教え

北里大学の公式ページ「建学の精神」は、北里柴三郎が門下生に、先駆けること、恩を忘れないこと、知恵を実践に使うこと、不撓不屈であることを一体として説いたと記しています。大学はその教えを「開拓」「報恩」「叡智と実践」「不撓不屈」という四つの建学の精神として整理しています。

これは後継大学が正式に継承する言葉であり、根拠のない格言サイトの紹介とは証拠の重みが異なります。一方、北里がいつ何日にどの場面で、四項目を現在と全く同じ表記で発話したのか、その同時代の逐語原典は今回特定できませんでした。大学の公式伝承は確認済み/発言の初出日時は未特定という状態です。

独りで耐えるだけでなく、他者の恩を思う

四つの精神を合わせて読むと、不撓不屈は孤立した根性論ではありません。まず開拓には未知の課題へ向かう姿勢があり、報恩には自分を育て支えた人を忘れない姿勢があります。叡智と実践は、学んだことを現実に確かめ、社会へ還元する行為に関わります。

つまり困難に屈しないとは、自分一人の意地を守り続けることより、何を目指すのかを明らかにし、知識と仲間の力を使いながら仕事を前へ進めること、と読む余地があります。この読み方は公式の四精神を踏まえた本サイトの解釈です。

北里の研究人生を、一回の成功談にしない

北里はドイツでコッホの研究室に入り、破傷風菌の純粋培養や免疫の研究に取り組みました。帰国後は伝染病研究所を立ち上げ、1914年に所管変更をめぐる対立の後、私立北里研究所を設立しました。北里柴三郎記念室の公式年譜がこの経緯を示しています。

こうした歴史は、状況が変わったときに組織や方法も変えながら研究を続けた例と見ることができます。ただし、北里自身が当時の判断をすべて「不撓不屈」の一語で説明したと断定はしません。

危険を無視することとは違う

医療や科学での「諦めない」は、検証により危険が判明しても無理に実行することではありません。予期しない結果が出たら実験を止め、手法を検討し、別の選択肢を探すことも、目的へ向かうための判断です。

同じように、仕事や学習でも休養や助けを求めること、無理な条件を見直すことが必要な場合があります。この言葉を利用して、他人に長時間労働や危険な挑戦を強要するのは誤りです。

「パイオニアたれ」との棲み分け

本サイトの「事を処してパイオニアたれ」の記事は、同じ建学の精神を未知へ進む開拓と、その社会的な責任から読みます。この記事は、困難の中で続け方・変え方をどう判断するかへ焦点を当てます。原典となる大学の説明は共通しており、異なる名言が別々の文献から採録されたと装いません。

実践:何を守り、どんな方法なら変えられるか

行き詰まったとき、当初の目的が今も大切かを確かめ、その目的を実現する別の方法や協力者を探してみます。方法を変えることが即座に敗北になるわけではありません。これは本サイトの現代的な実践例であり、北里が公式に示した判断フレームワークではありません。

まとめ:粘り強さは、学びと協働の中にある

「不撓不屈の精神を貫け」は、北里大学が学祖の教えとして公式に伝える言葉です。その意味を単なる意地や根性と考えず、「開拓」「報恩」「叡智と実践」と結びつけて読むと、人と知識に支えられながら困難に向き合う姿勢が見えてきます。

出典・関連記事

・北里大学「建学の精神」:四つの精神を大学が正式に紹介。
・北里大学「理念・目的・方針」:現在の教育方針における位置づけ。
・北里柴三郎記念室「北里柴三郎の生涯」:研究所設立までの歩み。
・関連記事:事を処してパイオニアたれ。

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