「対象企業は大企業も中小企業も、業界も問わず」。最初の市場を広く設定すれば機会損失が減るように感じます。しかし、顧客ごとに抱える課題や購買プロセス、実装体制が違う場合、同じ営業資料やサービス提供では対応できないことがあります。
一方で、狭くすれば必ず勝てるわけでもありません。市場そのものが小さすぎたり、目の前の受注実績だけを頼りにしたりすると、事業の可能性を狭めるからです。BtoBターゲットを選ぶ際は、誰にどんな価値を届けられるかを、根拠と制約を踏まえて比較する必要があります。
ターゲット選定は、顧客を捨てることではなく優先順位の設計
BtoBにおける市場の切り方には、業界、企業規模、利用システム、業務課題、買い手の役割、導入条件などがあります。同じ業界・規模の企業でも、既存業務の仕組みや社内での権限、問題の緊急性は異なります。セグメントを決めただけでは、購買理由は説明できません。
ICP(Ideal Customer Profile)は一般に、自社の提供価値と条件が合いやすい企業像を表す実務用語です。特定の個人のペルソナや、全社の潜在市場規模とは異なります。ICPを「年商〇億円以上」と一行で決めるのではなく、実際に価値を届けられる条件を書き出します。
Christensenらが2016年のHarvard Business Reviewで説明したJobs to Be Doneの視点では、顧客の属性だけでなく、顧客が達成したい仕事とその状況に目を向けます。これは対象を考える手掛かりですが、JTBDを使えば最適な市場が自動的に導けるという意味ではありません。
戦略として絞るなら、営業や製品まで一貫させる
Michael E. Porterの1996年の論考「What Is Strategy?」は、競合より単に効率よく働くことと、独自の価値を生む戦略的な位置づけを区別しています。その位置づけは、何を行い、何を行わないかというトレードオフや、活動同士の整合性を伴います。
例えば「セキュリティ要件の厳しい企業を優先する」と決めたなら、広告の配信設定だけでは足りません。製品の権限制御、契約条件、監査資料、営業の説明能力、導入支援の体制が揃っているかを確認します。これらを整えるコストが高すぎるなら、狙う市場を見直す選択もあります。
優先顧客を選ぶ四つの判断基準
- 1. 課題適合:その顧客群に自社の製品で解決できる仕事が実際にあるか。顧客発言、実際の業務、失注理由などの根拠があるか。
- 2. 導入可能性:IT環境、データ移行、セキュリティ、調達プロセス、利用者の教育など、導入・運用の条件が合うか。
- 3. 提供能力:営業、実装、カスタマーサクセスが顧客の要求水準を継続して満たせるか。顧客を獲得できても運用できなければ長期的価値は損なわれる。
- 4. 事業性:顧客獲得・導入・サポートに必要な費用と時間、見込まれる収益と学習価値の釣り合いはどうか。
四つの基準は本記事で整理した編集上の実務モデルで、ポーターやクリステンセンが同じ採点方式を提唱したという意味ではありません。採点を始める前に「満たせなければ提供しない」必須条件と、「まだ不明なので検証する」条件を分けます。法令順守や重大な安全要件を、見込売上の高さで相殺してはいけません。
顧客像を決める際には、購買に関わる人も確認する
優先企業の業務課題が明確でも、導入を決めるのが一人とは限りません。GartnerはBtoB購買を、問題特定、解決策の探索、要件形成、供給企業選定、検証、合意形成など、複数の「購買の仕事」で捉えています。実際の検討は非直線的に進み、利害の異なる人々が関わります。
したがって、ICPだけでなく、その企業内で誰が課題を抱え、誰が費用・技術・リスクを判断するかを把握します。例えば現場部門が導入を望んでも、情報システム部門の審査条件が整わなければ、商談は前へ進まない可能性があります。
これは「大企業は購買に何人必要」といった画一的な人数を定める話ではありません。案件ごとに異なる役割と障害を調べることが目的です。
評価表は点数よりも、根拠と未確認の区別を大切にする
候補の顧客群を三つ程度選び、四つの判断基準ごとに確認済み/仮説/未確認/適合しないを記録します。ここで「確認済み」とするには、どの顧客へのヒアリング、商談記録、導入事例、原価情報に基づくかを添えます。
- 候補A:既存顧客と同じ運用環境。課題・導入条件は確認済みだが、新規案件の獲得費用は未確認。
- 候補B:隣接業界。問題は似ていそうだが、審査やサポート要件が分からないため調査する。
- 候補C:価格面では魅力的だが、現在の製品が必須要件を満たしておらず、当面提供しない。
これらは説明のための架空例です。A・B・Cを単純に数値化して合計点を出すことはできますが、必須の導入条件を満たさない候補を高得点で採用すると、かえって悪い意思決定になります。
「優先」「調査」「保留」「対象外」を分ける
判断結果は四つに整理すると、経営・営業・製品部門で説明しやすくなります。優先は今投資する顧客群、調査は仮説の確認が必要な顧客群、保留は条件が整うまで積極投資をしない顧客群、対象外は現時点で必須条件を満たせない顧客群です。
「保留」にした理由と再評価の条件も残します。例えば「一定の導入支援体制が確保できたら再検討」「実際の商談で未知の課題が三件続けて確認できたら再調査」などです。再評価条件はその組織の業務量に合わせて決め、例に挙げた件数を一般的な基準だとは扱いません。
顧客から問い合わせが来たときには、営業が状況を確認して例外判断できる運用も必要です。「戦略上の優先度が低い」と「顧客に失礼な扱いをする」は別のことです。
2週間の小さな検証サイクル
- 1〜3日目:受注・失注・保留の記録から、業種以外の共通点を探す。計測定義や記録の偏りがないかも確認する。
- 4〜7日目:四つの基準を使い、優先候補と未知の要件を整理する。営業と技術部門から反例を聞く。
- 8〜11日目:候補の一つに対し、訴求メッセージ・説明資料・課題ヒアリングを小さく試す。
- 12〜14日目:分かった事実、反証された仮説、まだ不足する情報を整理する。受注やLTVなど長い期間を要する成果は無理に判定しない。
対象を絞ったこと自体を成功としてはいけません。優先顧客が必要とする価値を説明できるようになったか、導入上の条件を早く見極められたか、営業の認識がそろったかといった中間成果を確認します。
狭く絞りすぎないほうがよい場合
同じ製品・営業手法・サポート体制をほとんど変えずに複数の顧客群へ価値を提供できるなら、過度な限定は機会損失になり得ます。また既存顧客だけを分析すると、その会社がまだ接点を持てていない潜在顧客を見落とします。
対象範囲の適否は、ターゲットの狭さでなく、顧客に生む価値と組織の提供能力によって判断します。市場の広がりと深さのトレードオフを定期的に点検することが重要です。
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市場・顧客・営業の全体像はBtoBのGTM戦略、根拠に基づく購買理由の調査はBtoB顧客インサイト、実行に使うリソースの優先順位はひとりマーケターの優先順位で整理しています。
参考資料・出典
- Michael E. Porter (1996), What Is Strategy?, Harvard Business Review:独自の位置づけ、トレードオフ、活動間の整合性を原文で確認。
- Clayton M. Christensenほか (2016), Know Your Customers’ Jobs to Be Done, Harvard Business Review:顧客属性だけでなく、顧客が達成したい仕事に注目する議論。原文と発行情報を確認。
- James C. Anderson, James A. Narus, Wouter van Rossum (2006), Customer Value Propositions in Business Markets, Harvard Business Review:顧客価値の主張に根拠が必要なことを原文で確認。
- Gartner, The B2B Buying Journey:六つの購買の仕事と非線形の購買プロセスを公式解説で確認。
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