視点の転換が成果を変える:事実を歪めずに価値を最大化する「フレーミング」の構造学

マーケティング

成果が出ないのは「伝え方」ではなく「切り取り方」の問題

懸命に集めた顧客の声や、苦労して算出したデータ。それらをそのまま提示しても、社内の承認が得られず、顧客の心も動かない。このような徒労感を味わったことはないでしょうか。

ひとりマーケターとして日々奮闘されているあなたなら、事実を集めることの大変さは痛いほど理解されているはずです。しかし、どれほど正確な事実であっても、その「提示のされ方」一つで、受け手の認識は180度変わります。多くのマーケターが陥る罠は、事実を変えようと努力し、変えられない現実に疲弊してしまうことです。

問題の本質は、あなたの集めた素材(事実)が悪いのではありません。その素材をどの角度から光を当てて見せるかという「フレーム(枠組み)」の設計が不足しているのです。本記事では、心理学的な「フレーミング効果」をビジネスの現場で再現可能な技術として体系化し、あなたのマーケティング活動を「作業」から「戦略」へと昇華させるための道筋を示します。

認識の非対称性とプロスペクト理論の理解

人間は論理的な生き物ではなく、文脈に依存して感情で判断する生き物です。この「不合理な性質」を理解せずして、マーケティングの設計図を描くことはできません。

あなたは「手術の成功率は90%です」と言われるのと、「手術での死亡率は10%です」と言われるのでは、どちらに同意書へサインしたくなるでしょうか。事実は全く同じですが、後者には強い抵抗を感じるはずです。これは行動経済学における「プロスペクト理論」で説明される通り、人間は「利益を得る喜び」よりも「損失を被る痛み」を大きく評価する(損失回避性)ためです。

マーケティングにおいても同様です。「このツールで業務効率が20%上がります(利得)」と伝えるか、「このツールを入れないと、競合に対して20%の遅れを取り続けます(損失)」と伝えるか。相手が現状維持を望んでいる場合、後者のフレームの方が圧倒的に行動を喚起します。

【よくある失敗パターン:正直な実況中継者】

典型的な失敗は、自分を「客観的な報道記者」だと定義してしまうことです。「アンケート結果はAが6割、Bが4割でした」と、ただデータを右から左へ流すだけでは、意思決定者の脳に負荷をかけるだけです。プロフェッショナルは、事実をねじ曲げるのではなく、相手の意思決定を支援するために最適な「文脈」という名の照明を当てる責任があります。

ターゲットの心理モードに合わせた「枠」の再設計

「何を言うか(What)」よりも「どの枠組みで言うか(How)」が、価値の伝達効率を決定づけます。相手の心理状態を見極め、適切なフレームを選択する技術が必要です。

フレーミングには大きく分けて3つの型があります。これらを意図的に使い分けることで、同じ商材でも全く異なる層にアプローチが可能になります。

1. 属性フレーミング(Attribute Framing):

対象の特定の属性(ポジティブまたはネガティブ)に焦点を当てる手法です。「牛肉の赤身80%」と「脂肪分20%」の違いです。B2Bであれば、「導入企業の95%が継続」と言うか、「解約率はわずか5%」と言うか。信頼を醸成したいなら前者、リスクの低さを強調したいなら後者が有効です。

2. ゴールフレーミング(Goal Framing):

行動の結果得られるもの(利得)か、行動しないことで失うもの(損失)か。「コスト削減できます」ではなく「無駄なコストを垂れ流し続けずに済みます」という表現です。特に決裁者が保守的な場合、損失フレームが刺さります。

3. リスク・チョイス・フレーミング(Risk Choice Framing):

確実性を取るか、ギャンブル性を取るか。「確実にこれだけの成果が出る」という堅実なフレームは既存顧客の維持に、「一発逆転の可能性がある」という挑戦的なフレームは新規事業やベンチャー層に響きます。

【よくある失敗パターン:万能薬型のコミュニケーション】

「うちは品質が良いです」という利得フレーム一本槍で、すべての顧客や社内ステークホルダーを説得しようとすることです。セキュリティを重視する情シス担当には「事故防止(損失回避)」のフレームを、売上を追う営業部長には「機会最大化(利得)」のフレームを用意する。これがMECE(漏れなくダブりなく)にステークホルダーを攻略する基本動作です。

現代の武器を活用した多角的視点のシミュレーション

AI時代におけるマーケターの価値は、コピーを書くことではなく、AIに「複数の視点(フレーム)」を出させ、そこから最適なものを「選択」することにシフトしています。

ひとりマーケターの最大の敵は「孤独による視野狭窄」です。自分の頭だけで考えていると、どうしても自分の得意なフレームに偏ります。ここで現代のテクノロジー、生成AIを活用します。ただし、単に「キャッチコピーを書いて」と頼むのは三流です。

「この製品の機能を、①コスト削減に敏感なCFO、②技術的負債を嫌うCTO、③現場の楽さを求める担当者、それぞれの視点でフレーミングし直して」と指示を出してください。AIは感情を持たない分、冷徹なまでに論理的なフレームの変換を行えます。これにより、あなたは短時間で複数の切り口を手に入れ、その中から現在のターゲットの「感情の琴線」に触れるものを、人間としての感性で選び取るのです。

【よくある失敗パターン:AIへの丸投げと主導権の放棄】

AIが出してきた表現をそのまま採用することです。AIは文脈の「空気」までは読めません。出力された複数のフレームを見て、「今の市場環境なら、あえてBの恐怖訴求ではなく、Aの希望訴求が響くはずだ」と戦略的な判断を下すのが、アーキテクトであるあなたの役割です。

組織を動かすための「社内政治」という名のフレーミング

マーケティング施策の成否は、市場に出る前の「社内決裁」で決まることが多々あります。予算獲得や協力要請においても、フレーミングは強力な武器となります。

多くのひとりマーケターが「予算が取れない」と嘆きますが、それは経営陣に対して「コスト(費用)」というフレームで提案しているからです。経営者にとってコストは「削減すべき対象」です。しかし、これを「投資(リターンを生むもの)」や「保険(リスクをヘッジするもの)」というフレームに変換できれば、判断基準は一変します。

例えば、新しいMAツールの導入稟議。「月額10万円かかります」ではなく、「現在、手動対応により月間30時間、つまり人件費換算で約X万円の損失が出続けています。これを止血し、さらに商談数をY件増やすための投資として月10万円が必要です」と伝えます。事実は変わりませんが、「出費」から「損失防止+利益創出」へとフレームが変わっています。

【プロの視座:信頼残高の管理】

ただし、過度な期待値を醸成するフレーミング(誇大広告に近いもの)は、短期的には承認を得られても、長期的にはあなたの「信頼残高」を毀損します。プロフェッショナルとして、リスクも含めた「フェアなフレーミング」を行い、その上で自社の選択が合理的であることを示す姿勢が、長く活躍するための要諦です。

まとめ:編集者としての矜持を持ち、事実の解像度を上げる

フレーミングとは、事実を歪める詐術ではなく、埋もれている価値を正しく認識してもらうための「翻訳技術」です。それは、受け手への深い共感と理解から始まります。

「90%の満足」と「10%の不満」。どちらの側面を見せることが、顧客にとって、あるいは自社にとって真に誠実であり、かつ建設的なのか。その問いに向き合い続けることこそが、マーケターの仕事です。

明日からの業務で、データや事実を扱う際、一度立ち止まって考えてみてください。「この数字をそのまま渡すのではなく、どのような『枠』に入れて渡せば、相手は正しく価値を理解できるだろうか?」と。その思考のプロセスそのものが、あなたを単なる「担当者」から、ビジネスを動かす「アーキテクト」へと変えていきます。視座を変えれば、世界は変わります。自信を持って、あなたの視点で事実を切り取ってください。

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