「レガシーシステム」を「戦略資産」へ変える──なぜマーケターこそがシステム刷新の旗振り役になるべきなのか

マーケティング

孤独と焦燥の正体:なぜ「良い施策」が「古い基幹」に殺されるのか

ひとりマーケターが抱える無力感の正体は、自身のスキル不足ではありません。それは、現代的なマーケティング戦略と、それを支えるべき企業の背骨(基幹システム)との間に横たわる、絶望的なまでの「時間差」にあります。

日々の業務の中で、あなたはこのような壁に直面していないでしょうか。MAツールを導入したいが顧客データが古いオンプレミス環境に塩漬けにされている、Webでの行動データを営業に渡したいが基幹システムとの連携に数百万の改修費がかかると言われた、あるいは「2038年問題」のように、いつ爆発するとも知れないシステムの延命措置にIT予算が消えていく──。

これらは単なる「技術的な不都合」ではありません。経営課題であり、本来は全社で取り組むべきテーマです。しかし、この問題が放置される最大の要因は、「システムはIT部門の領分」「マーケティングは売るための施策」という、前時代的な役割分担の固定観念にあります。本記事では、この構造的な行き詰まりを打破し、マーケターがなぜ、そしてどのようにしてシステム刷新のイニシアチブを取るべきなのか、その本質的なロジックと手法を解説します。

「システム」はITの問題ではなく、顧客体験の問題である

レガシーシステムが抱える最大の問題は、維持コストの増大や保守切れではありません。真の問題は、データが分断され、顧客体験(CX)が一貫性を失う「体験の債務」が発生し続けることにあります。

多くの企業で、基幹システムは「記録するためのシステム(System of Record)」として構築されています。会計処理や在庫管理には最適でも、顧客の文脈を理解し、適切なタイミングでアプローチするための「関与するためのシステム(System of Engagement)」としては設計されていません。

ここでよくある失敗パターンは、「汚れたデータをそのまま最新のMAツールに流し込む」ことです。基幹システムの構造的な欠陥(名寄せができない、リアルタイム性がない等)を無視してツールだけを刷新しても、出力されるのは「自動化された不適切なアプローチ」だけです。これはマーケティングの効果を下げるだけでなく、ブランド毀損すら招きます。

マーケターがシステム刷新に関与すべき理由はここにあります。IT部門は「システムの安定稼働」を守るプロですが、「顧客データをどう活用して収益を生むか」のプロではありません。顧客体験の設計図を描けるあなたこそが、システムの「あるべき姿(To-Be)」を定義できる唯一の存在なのです。

旗振り役になるための思考法:マーケティング主導の要件定義

システム刷新を技術的なリプレイスではなく、「ビジネスモデルのアップデート」として再定義してください。コードの話ではなく、情報の流れ(データフロー)と利益の話をするのです。

IT部門や経営層を動かすためには、共通言語を変える必要があります。彼らにとってレガシーシステムは「触りたくないブラックボックス」ですが、マーケターの視点を通すことで「埋蔵された資産」に変わります。以下のフレームワークを用いて、議論の土俵を変えましょう。

• Why(なぜやるか): 「システムが古いから」ではなく、「顧客データのサイロ化が、LTV(顧客生涯価値)向上を阻害しているから」と定義します。

• What(何をするか): 全面的な作り直し(ビッグバン方式)ではなく、顧客接点に関わるデータ連携層の整備を優先します。

• ROI(投資対効果): コスト削減だけでなく、データ連携によって実現する「リードタイムの短縮」や「クロスセル率の向上」を試算に入れます。

ここでの失敗パターンは、「IT用語でIT部門と戦おうとすること」です。サーバーのスペックやデータベースの種類の議論に巻き込まれてはいけません。あなたはあくまで「ビジネス要件」と「データ活用要件」のオーナーとして振る舞うべきです。How(技術選定)はITのプロに任せ、What(実現したい世界)を譲らない姿勢が重要です。

最小のリスクで最大の成果を出す「疎結合」なアーキテクチャ

現代のシステム刷新において、巨大なモノリス(一枚岩)システムを一度に作り変える必要はありません。API連携やiPaaS、クラウドDWHを活用し、既存資産を活かしながら「疎結合」に連携させるアプローチが正解です。

レガシーシステムが「時限爆弾」化しているからといって、すべてを廃棄してクラウドERPへ移行するには莫大なコストとリスクが伴います。マーケターが主導すべきは、レガシーシステムの上に「翻訳層(ラッパー)」を被せ、マーケティングツールが必要とするデータを吸い上げられる環境を作ることです。

例えば、古い販売管理システムから夜間バッチでCSVを吐き出し、それを最新のクラウドDWH(データウェアハウス)にロードして加工、そこからMAツールへ連携するという流れであれば、基幹システム本体への改修は最小限で済みます。

この段階では、AIの活用も視野に入ります。AIは、非構造化データの整理や、異なるデータベース間のスキーマ(構造)マッピングの自動化において強力な武器となります。ツールありきではなく、「いかに現在の制約の中で、データの流動性を確保するか」というアーキテクチャ思考を持つことが、プロジェクトを現実的な成功へと導きます。

プロジェクトを推進する「政治力」と「翻訳力」

システム刷新プロジェクトの成否は、技術力よりも、関係各所の利害を調整する「政治力」と、異なる専門領域をつなぐ「翻訳力」にかかっています。

IT部門は変化を恐れています。彼らにとってシステム変更は「障害リスクの増大」でしかありません。そこであなたは、マーケティング主導の刷新が、結果として彼らの抱える「レガシー保守の負担」を軽減し、彼らの社内プレゼンスを向上させるものであると説得する必要があります。「私が顧客体験の責任を持つので、あなた方はインフラの安定性とセキュリティの最高責任者として力を貸してほしい」というリスペクトあるパートナーシップを提示してください。

一方、経営層に対しては、「2038年問題」のような守りの文脈と、「DXによる競争優位性」という攻めの文脈をセットで語ります。「システム刷新はコストではなく、将来の収益を生むための投資である」というナラティブを構築できるのは、市場と顧客を知るマーケターだけです。

ここでの教訓は、「正論だけで人を動かそうとしないこと」です。どれほどアーキテクチャが正しくても、関わる人々の感情や立場(メンツ)を無視すればプロジェクトは頓挫します。社内調整という泥臭い業務もまた、アーキテクトとしての重要な資質です。

まとめ:システムを再定義する者は、ビジネスを再定義する

システム刷新の旗振り役になることは、マーケターにとって負担増に見えるかもしれません。しかし、これこそが「作業者」から「経営幹部候補」へと脱皮するための通過儀礼です。

「ツールを使って何をするか」を考えるのがオペレーターであり、「ビジネスを成立させるためにどのようなシステムが必要か」を描くのがアーキテクトです。古い基幹システムという制約条件を前に嘆くのではなく、それをどうハックし、つなぎ合わせ、価値に変えるか。その創意工夫のプロセスの中にこそ、AI時代でも代替されないマーケターの本質的な価値があります。

レガシーシステムの刷新をリードした経験は、あなたのキャリアにおいて「キャンペーンを成功させた」こと以上に強力な実績となります。なぜならそれは、あなたが部分最適ではなく、組織全体の全体最適を設計できる人材であることを証明するからです。明日からは、画面の中の数字だけでなく、その数字を生み出しているデータの源流に目を向けてみてください。そこに、あなたの次のステージが待っています。

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