はじめに|「と云へり」を省略しない
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」は福澤諭吉の有名な言葉です。しかし『學問のすゝめ』の初編では、その後に「と云へり」と続きます。言われている考えを引き合いに出す形なのです。
その直後、現実には貧しい人と豊かな人、知恵のある人とそうでない人がいるのはなぜかと問います。平等という出発点と、社会に存在する違いをどう考えるかが文章の主題につながります。
見慣れた一節を標語として使うだけでなく、出典、共著者、後に続く学問の議論を確かめます。名言の前後を読むことで、意味の取り違えを防ぐことを目指します。
原文|『學問のすゝめ』初編
原文の冒頭は「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」です。旧字旧仮名の本文をウィキソース『学問のすすめ(初編)』で照合できます。
初編は1872年に刊行されました。慶應義塾の出版150年記念記事が刊行経緯と冒頭の一節を紹介しています。書名、編、刊行時期、該当する文字列を確認できます。
また初編は福澤諭吉と小幡篤次郎の同著です。国立国会図書館の書誌と慶應義塾福澤研究センターが示しています。有名な著者名と実際の共著者表示を混同しないようにします。
「と云へり」の意味と引用元
「と云へり」は、すでに知られる考えを引用している形式です。だから福澤がこの考えを世界で最初に唱えたとは、本文のこの文字列だけでは証明できません。著作への収録と思想の発案は別の問題です。
慶應義塾の研究講演録では米国独立宣言との関係も論じられています。ただし、特定の文章から直接翻訳したと唯一の原資料を確定することは、この記事の確認範囲を超えます。
今回の出典タグ114は『學問のすゝめ』初編に句が収録されるという意味です。誰が最初に表現したのか、福澤のみの独創なのかを証明したタグではありません。
平等の主張と現実の差
原典は生まれながらに人に貴賤上下の差はないと述べ、続けて実際の社会には大きな違いがあると問いかけます。平等を述べて終わるのではなく、現実の差を説明する議論が始まります。
その説明に『実語教』の言葉が用いられ、学ぶことと知恵の関係が語られます。生まれによる決めつけに対して、学問の重要性を説く構成です。冒頭句は学びの価値を論じる入口になっています。
ただし、現在の所得や機会の差をすべて個人の努力だけで説明してよいわけではありません。家庭や制度、健康や地域なども関わります。明治初期の主張と現在の実証的な判断は分ける必要があります。
初編がすすめる学問
初編が重んじるのは、知識を飾りとして所有するだけではなく、世の中を理解して判断するための学びです。読むことや算術、地理などの知識が生活にも関係します。学問を社会と暮らしに結びつける視点があります。
この問題は福澤諭吉『学問のすゝめ』初編の「実学」|古典や理論を不要としたのかで詳しく扱っています。今回の主題は平等の冒頭句なので、同じ作品でも異なる論点を区別できるようにしました。
現代でも知識を身につけることと、それを使い判断することは違います。ただし当時の学問論から現在の教育政策が直接決まるわけではありません。歴史的な文脈を確かめたうえで応用すべきでしょう。
小幡篤次郎という共著者
福澤の著作として知られる初編には、小幡篤次郎の名も記されています。短い名言だけを広めると、その背後にある著作の成り立ちが省略されがちです。書物の著者表示へ戻ること自体が出典調査です。
ただし共著という記録だけで、冒頭の一行をどちらが書いたかまで決めることはできません。一人の発案と断定することも、別の一人の発案と断定することも避けるべきです。
人物名や作品名を正確に記録しておけば、後から資料が見つかった際にも検証を続けられます。未確認の部分を明確に残すことは、不完全な記事にすることとは違います。
同じ著作の別の言葉と比べる
福澤諭吉「進まざる者は必ず退き」|『学問のすゝめ』第五編の文明論では、文明や社会の進み方を扱います。初編の冒頭句とは同じ本でも異なる問題です。
福澤諭吉「懸命に勉強することは当然」|『学問のすゝめ』原文は「謹慎勉強は人類の常なり」では、流通する表現と原文の差を検討します。同じ著者なら同じ意味というわけではありません。
人物の名前だけでまとめず、一句ずつ編や周辺の話を比べると、学問、文明、勤勉という複数の問いが見えてきます。関連は示しつつ同一視しない内部リンクが役立ちます。
現代に持ち帰る問い
「学べばよい」と勧める前に、学ぶための時間や教材、支援を得られるかを考えることも大切です。学ぶ意欲と機会の条件を別々に見ることで、問題を一人の責任へ押しつけずに済みます。
もちろんこれは現在の社会に向けた応用であり、福澤らが現代の制度を直接論じたわけではありません。古典を読んで得る問いと、現在の事実を調べた判断は区別しましょう。
身分や出身で人を決めつけず、学びによって視野を広げられるか考える。そこに、この古い文章を今読む意味の一つがあります。名言を結論ではなく考えるための入口として扱います。
まとめ|途中で切らずに読む
『學問のすゝめ』初編の冒頭は「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」です。次の文章では現実の社会の差を問い、学問の必要性へ進みます。「と云へり」の先まで読むことが重要です。
初編は福澤諭吉と小幡篤次郎の同著で、引用された考えの最初の発案者はここでは確定できません。原典の所在を確認したことと、思想の起源を確認したことを分ける必要があります。
有名な言葉であっても、一度原典へ戻れば前後の文脈や著者表示に気づけます。知っているつもりの言葉を確かめ直すことも、学問の一つの形かもしれません。
出典と出典状態の説明
原文は初編の旧字旧仮名本文、刊行経緯は慶應義塾の解説を確認しました。国立国会図書館の書誌には共著者が記されています。
思想の由来には慶應義塾の研究講演録を参照しました。出典タグ114は本の本文の所在に関する確認であり、引用元の確定ではありません。
歴史的な原文の短い句のみを必要範囲で扱い、近現代の訳文を転載しません。内部リンク先はWordPressの公開タイトルを読み取っています。確認できたことと、確認できていないことを分ける方針です。